フィン&ラケシスの次男普及委員会(仮)

父の憂鬱

 ゆゆしき問題だ。
 とフィンは思った。
 目の前では、機嫌良く積み木のおもちゃで遊ぶ次男、ヴェールンドの姿がある。
 歳は二歳、簡単な会話なら何とか意思の疎通ができるようになり、片言ではあるが、大分喋るようにもなってきた。自分の意志を示すようになってきて、ますます目の離せない今日この頃である。
 フィンが思わず腕組みをしてしまったのは、ヴェールンドがすくすくと成長していっているからではもちろんない。
 最近、気づいたことがある。
 どうやら、ヴェールンドの性質は自分に似ているらしい。
 例えば、好きな色。好きな食べ物。
 デルムッドの時は、手元で育てたわけではないから当然知りようもない。今でもよく知らない。ナンナは、女の子ということもあり、あまり考えたことがなかった。そんな余裕がなかったせいもある。
 だから、子どもたちが自分と似ているかどうかなんて、今まで考えたこともなかったのだ。
 だが。最近、気がついた。
 ラケシスは時々、ヴェールンドを連れて王宮へ行く。甥に当たる、王子と遊ばせるためである。王子の周りには、世話をする侍女たちが大勢いて、もちろん彼女たちはヴェールンドの面倒も見てくれる。
 その場に居合わせたことはあまりないのだが、仕事を終えて城を下がる時には一緒に帰るので、機嫌良く遊んでいるヴェールンドと王子の姿を何度も見たことがある。
 ふたりの相手をしてくれる侍女は何人かいる。その中で、ヴェールンドが懐いている侍女というのがふたりいて、彼女たちを見ていて、ふと気がついたのだ。
 何となく、ラケシスに似ている。
 金髪で、碧い瞳を持ち、雰囲気もどことなく近い。もちろん、そっくり、というわけではないが、どちらかといえば似ている部類に入る。
 ……こ、これはもしかして。
 女性の好みまで、似たというのだろうか。
 フィンは決して、ラケシスの顔が好きだったとか、金髪が好きだというわけではない。ラケシスという女性を好きになっただけで、そのラケシスがたまたま金髪で、碧い瞳をしていただけのことである。
 もちろん、さらさらした金の髪は触れると柔らかで、ずっと触れていたいと思わせるものがある。碧い瞳も、間近で覗き込まれたら全てを投げ出して降参してしまいそうなくらい、魅力的なものだ。
 だが、ヴェールンドにとって、それは「母親」なのだから、フィンと同じ感覚であるはずがない。
 とは言え。
 もしかしたら、自分でも気がつかないうちに刷り込まれてしまったのかも知れない。
 金髪碧眼だけならいい。
 もし……そう考えて、フィンはため息をつきながら息子を見やった。
 ヴェールンドは自分と違い、レンスター王妃を姉に持ち、王子とは叔父甥の間柄になる。そうそう身分違いの相手など現れないだろう。
 だがしかし。
 もちろん、自分としてはヴェールンドをレンスター王家に仕える騎士として育てるつもりだ。姉が王妃で、未来の国王が甥であろうと、あくまでも臣下だということを教え込むつもりである。
 教育方針を今からはっきりさせた方がいいのだろうか。
 意味のない単語を羅列しながら遊んでいるヴェールンド(二歳)を見ながら、フィンは考え続けた。





「フィン? なに難しい顔をしているの?」
 夕食時、ヴェールンドにご飯を食べさせてやりながら、ラケシスが言った。
「夕食の時くらい、仕事のことは忘れたら?」
「いや……仕事じゃない。ヴェールンドのことだ」
 意外な返事に、あら、とラケシスは目を丸くした。
「ヴェルがどうかした?」
「きみはどう思う?」
「どう……って」
「ヴェールンドは私に似すぎていないか?」
 一瞬の間をおいて。
「……意味が、よくわからないんだけど。あなたの息子が、あなたに似ていたら変だとでも言うの?」
 声が少し尖ったような気がして、フィンは慌てて補足した。
「いや、そうじゃない。何というか、その……」
「なに?」
「……女性の好みが、私と似ているんじゃないかという気がするんだが」
 ぴく。
 眉が、微かに動いた。
「それはどういう意味かしら?」
「どう、って……」
「あなたに、好きな女性のタイプがあっただなんて知らなかったわ。私を、好みの顔だったから選んだとでも言いたいの?」
「い、いや、そうじゃなく……」
 話が思わぬ方向に行ってしまったことに気づいて、フィンは慌てて訂正しようとした。が、ラケシスはその先を捕らえる。
「私以外に、タイプの女性がどこかにいるの? 知らなかったわ、あなたが他の女性をそういう目で見ていただなんて!」
「ち、違う、そういう意味で言ったんじゃない!」
「じゃあ何なの?! ことの次第によっては、許さないわよっ!」
「きみの他に、気になる女性がいる筈がないだろう!」
 思わず大きな声で言い合って、フィンはヴェールンドがフォークをつかんだままきょとんと両親を見上げているのに気づき、こほんと咳払いをした。
「……この話はまた後でしよう」
「あら、ヴェルの前では言いにくい話なのかしら?」
 つーん、とそっぽを向いたラケシスはすっかり拗ねている。
「そうじゃない……ただ、ヴェールンドが城で遊んでもらっている侍女に、お気に入りのタイプがあるんじゃないかと思っただけだ」
「そりゃ、懐いている侍女もいれば、そうでない侍女もいるでしょう。あら、もしかしてあなたが気に入っているのと同じ侍女だったのかしら?」
「気に入っているのは私ではなくてヴェールンドの方だ。よく見たら、懐いているのはきみと同じ金髪で、碧眼の侍女ばかりじゃないか?」
 きみと同じ、のところに力を入れて言う。
 そこでようやく、ラケシスは夫の言いたいことを理解した。
「そう言えば、アンジェリナもライラも金髪で碧眼だわね。でも、それがどうしてあなたを難しい顔にさせることになるの?」
「ただ外見ならいいんだが……もしかしたら将来、問題が起きることになるかも知れないなと思って」
 慎重に言葉を選びながら、フィンは言った。
 ラケシスはその返事を頭の中で巡らせ、曖昧な表情になった。
「もしかしたら将来、王女と恋をするかも知れないってこと?」
「……そうだ」
 しぶしぶ、フィンは頷いた。
「別にいいんじゃない? 今からそんなことを考えたって、仕方がないでしょう?」
 あっさりとラケシスは結論づけた。
 それはそうだ。そうなのだが。
 フィンはヨダレを垂らしながらきょとんとしているヴェールンド(しつこいようだが二歳)を見ながら、ううむと考え続けていた。





「変なこと考えるのねえ、お父さまって」
 翌日、ヴェールンドを連れて城を訪れたラケシスに、前日の会話を聞かされて、ナンナは呆れたように言った。
「あら、でもそうしたらヴェルにとって、私も好みのタイプなのかしら?」
 ねえ、と抱き上げながら笑いかけると、ヴェールンドはにへら〜、とだらしなく笑った。お気に入りの侍女たちに遊んでもらう時と同じ笑顔である。
「ヴェルったら、確かにアンジェリナとライラに遊んでもらう時はほんとにご機嫌よね」
 何気なくそう言ったラケシスは、ふとあることに気づいた。
 ということは、フィンの本質ってアレなの?!
 今まで思ったことなかったけど、本人が気にするくらいだから、心当たりがあるんだわ!
 突然、拳を握りしめたラケシスに、ナンナはヴェールンドを抱いたまま、怪訝そうな顔になった。
「どうかなさったの、お母さま」
「フィンが今どこにいるかわかる?」
「え……お父さまなら、多分執務室でリーフ様と……って、お母さま!」
 いきなりラケシスがつかつかと歩き出したので、慌ててその後を追う。
「お母さまってば! 何なんですか、突然」
「確かめなきゃ」
「はい?」
「きっと思い当たるフシがあるんだわ!」
「な、何がですか?」
「昨日だって、否定はしなかったもの。後ろ暗いところがあるに違いないわ!」
「ちょっと待ってくださいお母さま!」
 ナンナの制止も聞かず、ラケシスはそのまま執務室へ直行すると、ノックの返事も待たずにばったんと扉を開け放った。
「あれ、義母上。どうかなさいましたか?」
 リーフの声に、一拍遅れて振り返ったフィンはぎょっとした。
 ラケシスは明らかに怒っていた。
 何が一体どうなのかわからないが、肩をいからせてずんずんと歩いて来る姿は、どう見ても怒っているとしか思えない。
「ラケシス。ここは王の執務室だぞ。控えなさい」
 さりげなく注意してみたが、ラケシスは聞いていなかった。
「あなた。はっきりさせて頂きたいことがあるの」
「……今、ここで話さなければならないような緊急事態か?」
 さらにさりげなく、場を弁えるように言葉を返す。
 ラケシスは頷きかけ……興味津々とばかりに瞳をきらきらさせているリーフに気づき、ぐぐっと拳を握りしめた。
「少しの間、隣の部屋をお借りしてもいいかしら?」
「ええ、どうぞどうぞ。ごゆっくり」
 にっこりとリーフが言い、渋々フィンは立ち上がった。
 ここでないだけ、まだましである。何しろ、リーフの他、何故かラケシスの後を追いかけてきたらしい、ヴェールンドを抱いたナンナの姿まである。
「何を怒っているんだ?」
 隣室に入り、扉を閉めて、フィンが問うと、ラケシスはくるりと振り返った。
「はっきりさせたいことがあるって言ったでしょう。昨日の話なんだけど」
「昨日の話?」
「ヴェルが、金髪碧眼が好きなんじゃないかって話よ!」
「……ああ。なんだ。その話か」
「なんだ、じゃないわ! 昨日はごまかされたけど、あなたも、そうなの? 金髪と碧眼が好きなの?」
 はあ? と言いそうになったのを、辛うじて耐える。
「……そうじゃないと、昨日言ったはずだが」
「言ってないわ! 言ったのは、私の他に気になる女性なんているはずがないってことで、金髪碧眼が好みのタイプなのかどうかは言わなかったわ!」
 ……そんな細かいことを。
 と、フィンは思ったが、口には出さなかった。
「もし、私が金髪でもなくて、碧い瞳でもなかったら、あなたは私のこと、好きになってくれなかったの?」
「は?」
 いきなりの転換に、目が点になった。
「……何をどうしたら、そういう話になるんだ?」
「だって! あなたがあんなに心配するくらいだもの、もしかしたらそうかも知れないって思って」
 さっきまで怒っていたくせに、今度は泣きそうな顔になっている。
 フィンはどう言えばいいものか、しばし考えあぐねたが、やがて小さく息をついた。
「ラケシス。私が愛してるのは、金髪とか、碧い瞳とかじゃない。きみが、きみだからだ。今更、こんなことを言わなくてもわかっているだろう」
「だって。嫌なんだもの。あなたが、アンジェリナやライラをそういう目で見てるかも知れないって」
「……きみは、私をそんな不誠実な男だと思ってたのか?」
「そ、そうじゃないけど……だって……」
 しょぼん、とすっかりしょげかえってしまったラケシスを、フィンは仕方がないといった顔で抱き寄せた。
「私が愛しているのはきみだけだ。出会った時から、今でも、ずっと」
「……ごめんなさい……」
「いや、私が悪かった。昨日、不用意にあんなことを言ってしまったから、かえってきみを不安にさせてしまった」
 泣き出しながら、ひしとしがみついてくるのを抱きしめてやりながら、フィンはそっとため息をついた。
 扉の向こうで、耳を澄ませて壁に張り付いているであろうふたりに、どうやってごまかそうかと考えながら。
 いろんな意味で、苦労の絶えない毎日であった。

ヴェル坊ちゃんメインの話のハズが……気がついたら両親バカ話になってましたー! 企画立ち上げ記念の小説が痴話喧嘩(笑)。坊ちゃんは一体どこに(笑)。