フィン&ラケシスの次男普及委員会(仮)

「こ、こら! いい加減にしなさい」
部屋の奥から、そんな声が響いてくる。もう、何回も言ってるのか、声には半ば諦めも含まれているように聞こえた。
少し離れたところから、その光景を見ていたラケシスはくすくす笑いながら呟いた。
「そろそろ観念したら? 今日が何の日か、忘れたわけじゃないんでしょう?」
「そうは言いますけどね、お母様。あれじゃあお父様が可哀想です」
ラケシスの隣で同じようにその光景を見ていたナンナから、そんな言葉がついて出た。
そんな三人の状況に気付きもしないで、「いい加減にしなさい」と怒られた当の本人は、
「あーー」
と声になってるようななってないような声を出して、それからきゃっきゃっと笑っていた。

こどもの日

フィンの肩の上に乗って、彼の髪の毛を引っ張ってはきゃっきゃっと笑っているのは二人の大事な次男坊・ヴェルことヴェールンドである。
あまりにも引っ張るので耐えかねて、今度は前向きに抱っこしようとする。そうすると今度は興味の対象が顔に移り、フィンの柔らかなほっぺを引っ張ったり抓ったりしながら、父親の顔が歪むのをそれは楽しそうに眺めている。
最初は「赤ん坊だしな」程度に思っていたものの、あまりにそれが続くといい加減辛くなってくるものだ。しかし、当事者であるフィン自身よりも、その光景を眺めていた長女・ナンナの方が先に耐え難くなってきてしまっていた。
「お母様、いい加減に止めて差し上げてください。ヴェルだってお母様の言うことなら聞くでしょう?」
ナンナの言葉にも動じないで、ラケシスはのんきに紅茶を注いでいた。
「ナンナ、今日が何の日か忘れたの?」
にっこり微笑んで傍らの娘にそう問いかける。
「それは覚えてますけど……」

今日が何の日か。
レンスターでは『こどもの日』と呼ばれている。
あまり詳しくはナンナも知らないが、聞いた話だとレンスター王家の祖先であるノヴァの子供が初めて誕生した日だとか何とかで、以来その日を『こどもの日』と呼んで、国中が子供を祝っている。
もう今はそれは一つの習慣というもので、そんな伝承にまつわっている、ということを知ってる人間は少ないのかもしれない。
子供が健やかに育つことを願う、という風習は時を経て、その日は子供は王様で、どんないたずらも笑って許す日、というわけの分からない意味で用いられている。
自我のある子供達は、その日、家々を歩いてお菓子をもらったり、子供らしいいたずらをして大人をからかったり、それが許される日だと知ってるからこそ一日だけ大いに羽を伸ばす。
もちろん赤ん坊も例外ではない。もっとも赤ん坊は自らの意志でいたずらをしているわけではないけれど、その日ばかりは子供が一番、怒ったりする大人もいない、というわけだ。

「ええ、分かっています。今日は『こどもの日』だから黙って見ていろ、と言うのでしょう? でもあのまま放っておいたらお父様のきれいなお顔がおかしくなってしまいます!」
せめて止めるくらいはしてもいいでしょう? とだけ言い残してナンナはいまだフィンにじゃれ続けているヴェルの元へと行こうとその場を立ち上がった。
「……まぁ、よくそんなことが言えたものね」
「え?」
不意のラケシスの言葉にナンナの動きがピタリ、と止まった。
「あなた、今、ヴェルがひどい暴れん坊だ、と思っている?」
「ひどい暴れん坊、とまでは思いませんけど、でも、お父様が可哀想です。ただでさえも毎日お忙しくてロクにお休みにもなれていないのに……」
はぁ、ラケシスはナンナに向かって小さくため息をついた。
「なんですか?」
そのため息を受けて、ナンナは思わずラケシスに問いかけていた。自分はただ父を心配しているだけだ、というのにどうして母にため息をつかれなければならな いのか。ラケシスはナンナの質問に対して、あなたは今でもフィンが一番好きなのね、とよく分からない回答をしてから言葉を続けていた。
「ナンナだって昔はあんなだったのよ? ひどいものだったわ」
「! 嘘です。そんなことしてません!」
「したわよ。但し、ヴェルとの違いはあなたが暴れん坊だった相手が、フィンじゃなくて私だった、ってことだけ、ね」
「!? 私が……?」
ええ、そうよ、とラケシスはにっこり微笑んでナンナにもう一度腰掛けるように、と椅子を勧めていた。
後ろで相変わらず、楽しそうに笑うヴェールンドの声と、フィンのため息が聞こえてきていた。



「ほんと、あなたってばひどかったのよ」
ナンナが座り直したのを確認すると、ラケシスは目の前の紅茶を飲みながらそう話を切り出し始めた。
「…………」
「私の前ではいっつも髪の毛引っ張ったり、人の頬叩いて喜んだり。もう、どうしていいのか分からなかったわよ。デルムッドはそんなこと一度もなかったんだもの」
「…………」
「それなのにフィンが抱くと、すぐに静かになっちゃって。そのうち安心して眠っちゃうし」
「…………」
「自信の欠片もなくなっちゃってナンナを怒ろうとしたら、フィンから『今日は子供の日だから我慢してください』なんて言われちゃうし」
「…………」
「ノディオンにはそんな風習なかったから、もうほんとにどうしていいのか分からなかったんだから」
話を聞いてるうちにだんだんどこかに逃げたい気持ちになってきた。
お母様の髪の毛を引っ張って喜んでいた?
私が――?
挙句お母様の頬を叩いて喜んでいた?
私が――?
「あ、う……」
「あら、どうしたの?」
どうしたのじゃありませんって。
ラケシスはナンナが恥ずかしくて穴があったら入りたい、っていう気持ちになってることに気付いてもいないのだろうか。にこにこ微笑みながらカップに紅茶を継ぎ足している。
「私……お父様からヴェルを引き離してきます」
ナンナはせめてもの罪滅ぼし、とでも言うかのように父を解放しようとやおらその場から立ち上がった。そんなナンナを相変わらず微笑みを崩さずにラケシスは制した。
「駄目よ」
「お母様?」
「今日は『こどもの日』なんだから」
「……お母様」
微笑んだままでそう告げるラケシスの姿に、ナンナの背筋を一筋の汗が滑り落ちていた。ラケシスはそんなナンナの様子を気にも止めないで、「フィンだってそう言うわ」と呟きながら、先ほど継ぎ足した紅茶に優雅に口をつけている。
ナンナはその姿を見て、自分は母を誤解していたんだな、と思った。
きれいで優しくて少し子供っぽいところもあってでもお父様が大好きで。
それゆえにお父様には弱い。
と思っていたのに、本当に強いのはラケシスの方だったんだな、と悟った気持ちになりながらナンナは心の中で「お父様、ごめんなさい」とだけ呟いた。

「うわっ!」
「あーー♪」
二人の背後で、ドスン、という音が響き渡った。
ソファに倒れこんだフィンの上で、相変わらずヴェールンドはきゃっきゃっと楽しそうに笑っていた。

ヴェル坊の話、というかナンナとラケシスの話+ラケシスの復讐話になってしまった(汗)
ラケが怖いです。でも、このくらいの小さなお返しくらいならフィンは笑って許してくれるんです、多分(爆)
ナンナがフィンラブなので、きっとヴェルとは正反対だったんじゃないかな、というのがきっかけだったんですが・・・(ちなみにデルムは環境が違ったせいもあってか、いい子だったと勝手に思ってます、はい)
こんな話で次男普及になるのでしょうか(汗)