父上には内緒
- 花園をぬけだして -
よくしげった生垣から花をぬいては左手にたばねます。
いまの時期のばらは棘がぴんとのびているのです。たいせつな妹や姉につませて白い手に傷でもつけてはたいへんです。小さいながらアルバートはナイトなのです。
はなわ作りにはこれで十分なようです。もう、いなくなっても問題ないでしょう。空を見上げると、番が林へとんでいきます。母君がはなわ作りに集中している今です。しずかに花を若草の上におくと体をちぢめてぬけだしました。
母君が妹の一人を”私の青すみれちゃん”とよびかけ、できあがったばかりの輪を頭にかけてあげた時でした。母君は妹たちを、青すいせんちゃん、青かきつばたちゃん、とそのとき思いついた花の名前でよぶのです。
トントゥリル、トントゥリル、空のお星さまから12本の光の柱がおりてきました。と、何度もくりかえされた話が聞こえてきました。母君とくいのお話です。花垣根のすき間からのぞき込むと、若草の上に、うすくてあわい夏衣装をひろげた母君たちの円陣が見えました。
休みの日になると今はお仕事に行っている年のはなれた兄も輪に入って、思いつきの話が終わるまで真剣に聞いています。このごろのアルバートは兄がいないとぬけてしまいたくなるのです。
背をのばして歩きはじめました。
庭にはアルバートくらいの男の子なら簡単に隠れてしまえる所がたくさんあります。
かげになる所では妖精があそんでいて、よい騎士にはよい妖精が友だちになるのです。そう父君が教えてくれました。父君はこの家の他にも家をもっていて、ここは都会の家でした。父君がおとなと政治や軍事の話をするための住まいです。
「ごきげんよう、妖精さん。おどりは順調ですか」
父君が妖精のいそうな場所でかける挨拶をまねました。都会の妖精ははにかみやさんで花の裏にも木の上でもあそんでいる姿を人間には見せないのです。でも見えないだけで、ちゃんといるのです。アルバートがよい子でいるのか見ているんだよと父君が言っていました。
つるを絡ませたアーチのまん中を通ります。お日様をいっぱいに浴びた葉はあざやかな緑色をしています。両手を交互に目の高さまでふりあげて歩きます。三拍子にあわせて歩いていると、行く先にお城の塔が見えてきました。速さをあげます。
頭の上からつるが消えると雲ひとつない青空がひらけました。空の中に、青紫の尖塔をいくつも持ったお城が浮かんでいます。お城がある山の下には城壁でかこった街が見えます。街は靴の先より下にあって箱庭のようです。両手を広げてしゃがむとすくい上げられそうでした。
ここは一番気にいっている場所です。
ずっと先の門まで芝生と泉だけがつづいて、王都のながめを楽しむためだけにつくられた場所です。母君たちがあそんでいる花園なんて広い家のほんの一部でした。
口をあけて新鮮な空気をすい込みます。風がお城から両側の林をわたってアルバートへ吹きあげます。目をとじると、強いお日様に照りつけられた水のにおいと青くさい芝生のにおい、それから少し海のにおいがしました。
足をかかえこんで青空とお城と街だけをずっと見ていると、ふいにお城がつかめそうな位置にある気がしました。母君が手の平の上に王冠をのせるように、館のテラスでお城をのせてあそんでいたのを思いだします。ななめ上に手をのばせば届きそうで手をのばしてみました。のばしてみるとお城は指の先より向こうにあります。立ち上がって背のびして一歩二歩、歩き出してみても距離はちぢまりません。
たよりないかすれた飛空音がしました。
すぐに青空にけむりの染みができ、つづいて破裂音が聞こえてきました。城下で一番大きい屋根は大聖堂です。そこから打ち上げられました。
つづきがあるのかと意識を集中して大聖堂を見ていました。何も起こりません。
兄と父君はお城の王太子さまと王子さまに仕えています。都会の家にいるときは朝きまった時間になると参内していくのです。アルバートも数年すれば騎士になるための修行をしにお城にあがります。兄といっしょにお城へあがるその日を指おりかぞえて待っているのです。
お城には父君といっしょに何度かあがっています。道も覚えています。
2人の帰ってくる時間は日によってまちまちでした。今日はいつ帰ってくるかわかりませんが、兄たちのおむかえに行くことにしました。
天気のよいお昼前は、一人でお城に行くのにぴったりです。
ゆるやかに傾斜して、下の泉へと段になって水をわたしている庭をいそいで突っ切ります。門までは遠いのです。泉の段をおりるたびにお城の姿は林に隠れて見えなくなります。おりきってしまうとすっかり見えなくなりました。噴水の調整をしている人や、苗を林と庭のさかいに植えている人に挨拶をしました。お城におむかえに行くと言うと取れたての苺をハンカチに包んでもらいました。そうしてやっと門に着きました。
門までくると、少し先の大通りを行く馬車の音が聞こえてくるのです。
2人が槍をもって門のわきに立ち、2人は半分が透明になった待機所にはいって紅茶をのみながら談笑しています。門番たちです。門番たちは兄と父君の中間くらいの年でアルバートととも仲良しでした。
「ごきげんようアルバート様。どちらへ」
「ちょっとお城までおむかえにまいります」
通してくれるだろうと門番のひとりの顔を見上げていると、困った顔をしました。違う門番を見ても、待機所から出てきた門番を見ても、どの門番も困った顔をして、アルバートの頭上で顔を見あわせています。門番たちが困っている原因がアルバートにあるのならば謝らなければいけません。
「ごめんなさい」
門番たちの顔が悲しそうになりました。まだ訂正が必要なようです。
「僕やっぱり。はなわを作りに母上の所へかえります」
花園へかえろうと芝生の上を歩きはじめたら、アルバート様と名前をよばれました。ふりかえると、門番たちはアルバートの大好きな笑顔でうなずきました。こうして、内緒ですよ、と家の敷地から外に出たのです。
読んでくださって有難うございます。
妹がいたり兄と暮らしていたりパラレルしていてすみません。
こういう環境で育ったフィンの可愛い次男に愛情だけはたっぷりです。