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想いを乗せた雨が降る

「? フィー?」
「あ、な、なに?」
「どうしたんだよ、早く来いって」
「ぅ……うん」
「……だから来いって。急にどうしたんだよ」
「ぁぅ……えと、えとね? アーサー、言っても笑わったりしない?」
「笑う」
「ちょっと! こういう時って、嘘でも笑わないって言うもんでしょ!?」
「笑いたかったら笑う。フィーに遠慮とかしたくないし」
「……なんか強気ぃ……」
「で、どうしたんだよ。言ってみろ」
「えと……あのね、なんか、こういうのって……」
「うん」
「すごく……恥ずかしい」
「……そういうこと、いちいち口に出すほうが恥ずかしくないか?」

「遅くなりました。ただいま戻りました」
「……うん、お帰り」
そこは、小雨が疎らに降るある日、シレジアの片田舎にて。
向こう側から扉を開いた男は、扉の前のアーサーを見て一瞬驚いた顔をしてみせたが……すぐに、柔らかく柔らかく微笑んだ。
性格の良さが滲み出た笑顔、とでも言えばいいのか。無条件に人好きのする笑顔。まるで相手を暖かく包み込むようで、誰をもほっとさせるような。
失礼かもしれないが、フィーの立場からすれば、父ではなく母がよく見せてくれた笑顔だった。
と、
「あ」
不意に、男の視線がこちらに転じて、つい声をあげてしまう。
目が合う。真っ赤な瞳。燃える炎の――ヴェルトマーの色。アーサーともティニーとも違う。そういえば二人は母親似と聞いた。
見つめられた瞬間、まるでその火に熱されたように頭が沸騰し、考えていた挨拶がまとめて消し飛んだ。
「あ、彼女は――」
固まってしまった自分を察したように、代わりに口を開きかけたアーサーだったが、
「いや、知っているよ」
男はやはり、その笑顔に相応しい優しい口調で、やんわりと言葉を遮った。
再びこちらを見て、続けた。
「君は、フィーだね? フュリーから話は聞いてる」
「……え? 母、から?」
「うん」
思いもしなかった、知ってる人間の名前を聞き……動揺も忘れて、目を数回瞬かせる。
対して、柔和な笑顔で、男は扉を大きく開いた。
「二人とも入りなさい。積もる話は中でしよう」

男はアゼルと名乗った。聞くまでもなく知ってはいたが。
知ってはいる。ヴェルトマーの公子、アルヴィスの異母弟、アーサーとティニーの父、そして、フィーの父と母の戦友だった、と。
けれど、それだけだ。それ以上の話は誰からも聞いていない。先の戦――『バーハラの悲劇』の後に生まれたフィーのことを、アゼルがフュリーに聞いて知っていたなど……二人が連絡を取っていたなど、フィーは全く知らなかった。
アーサーとアゼルが、世界の話やティニーの話をしている間も、フィーは上の空だった。母の話が頭から離れなかった。
そんな様子を察したのだろう。話の区切りがついたところで、アゼルはフィーに向き直って話してくれた。
「これはアーサーにも話していなかったことだけど、バーハラの戦の後も、フュリーとは連絡を取っていたんだ。レヴィンと彼女もシレジアにいたから。……といっても、僕らから連絡を取ることはほとんどなかったけどね。僕とティルテュの様子を気にして、人目を忍んでよく訪ねてきてくれた」
「そう……だったんですか」
そう言われれば、そうだったのかもしれない。
幼い頃、本当に幼い頃、母は時々家を空けた。あまり天気の良くない、本当は空を飛ぶには危ないはずの時を狙って、天馬を出してはどこかに飛び立った。理由は様々だっただろうが……帰ってきたときにはいつもお土産満載だったから、その喜びが大きすぎて、あまり気にしたことはなかった。
「それにね……僕は、フュリーの容態も看ていたから」
「え?」
「僕はここで医者をしている。フュリーは調子を崩してからあまり来れなくなったけど、それでも来るたびに僕が様子を看ていたんだ。君達の家の近くにも他に医者はいただろうけど、フュリーもあまり人に見られていい立場じゃなかったからね」
「母が……亡くなったことは?」
「……風の噂で聞いたよ」
「そうですか……」
場の空気が、ほんの少し、重くなった。
それを和ませようとするかのように、アゼルは微笑みを深くした。
「君のこともよく聞いていた。可愛い娘が家で待ってるってね。見てすぐに分かったよ、若い頃のフュリーとそっくりだったから」
「私が、母に?」
「うん」
人にそう言われたことは、正直、あまりなかった。人目を避けた生活が長かったため、フィーは彼女と母のどちらも知る人間にはあまり会ったことがない。
だから、今まで知らなかった。
大好きな母と似ていると言われることは、つい口元が緩んでしまうほど、とても嬉しいことだった。
と、
「てかさ」
不意に口を挟んだのは、アーサーだった。
「俺、そろそろ本題に入りたいんだけど」
「本題?」
「……フィー、まさか忘れてるのか?」
「あ」
――忘れていた。母の話に夢中で、すっかり抜け落ちていた。
今までの話もとてもとても大事だったが……それなら、アーサー一人がいれば済む話。
本来、この場にいるべきは、フィーではなくティニーであるはずだった……そのティニーが、今回はフィーのために、遠慮までしてくれたのだ。
父と子の感動の再会を邪魔してまで自分が訪ねてきた、一番の理由。
彼に連れられてここを訪れた、本当の理由。
「まぁ、言われなくても大体分かるけど」
そう言いながら、アゼルが微苦笑を漏らす。
「ちゃんと聞いたほうがいいのかな」
「一応、けじめだし」
「僕は別に反対しないよ?」
「だからけじめなんだって」
妙に楽しそうなアゼルに、ぶっきらぼうに答えるアーサー。
その目が、ちらりとこちらを見た。
どきん……と胸が鳴った。
「……父さん」
「ん?」
「俺、フィーと結婚するから」
「うん」
にこにこと、まるで世間話に相槌を打つような気軽さで、アゼルは頷いただけだった。
そのあまりのあっさり具合は、フィーどころかアーサーまで、思わず言葉を失ったほどだった。
が、
「……父さん……」
さすが身内と言おうか、いち早く復活したアーサーが、何とか搾り出したふうに言葉を続ける。
どうやら表情には出ていなかっただけで、彼もそれなりに緊張していたらしい……まるで文句のように、少しだけ低い声音で、
「反応、それだけ?」
「だから、僕は反対とかしないよ?」
「や、それはそれだけど」
「あぁ、オメデトウって先に言うべきだったね」
「……父さん、性格変わった?」
「いや、僕は昔から割とこうだけど」
アーサーはティルテュに似てるんだよ、とアゼルは笑った。
なら、ティニーが実はアゼルに似てるのだろうか、とフィーは他人事ながら思ったりもした。
「そうだね……こういうことを言うのは、本当は僕の柄じゃないんだけど。言うべき人がいないんだからしょうがないか」
多分初めて笑顔を消して、アゼルは僅かに遠い目で呟いた。
言うべき人がいない――そう言って思い出したのは、誰のことだったのか。
僅かな沈黙。優しい雨の音が、静かに場を支配する。
「……僕がアーサーくらいの頃はね、けじめとか、そんな風に考える余裕もなかったんだよ。戦続きでね……バーハラの戦でみんな散り散りになって、ティルテュも酷い状態で、幸せなんてどこにもないって、そう思ったこともある」
「…………」
アーサーは、神妙な顔つきで話を聞いていた。
それは、アーサーも初めて聞く……父と母の時代の、暗く重い話だった。
「僕がティルテュと結婚した時も、祝ってほしい人はほとんどいなかった。僕はティルテュとのことを彼女の両親に伝えることは出来なかったし、僕の両親ももういなかった」
「…………」
「でもね、唯一、いてほしくて、いてくれた人たちがいる。誰だと思う?」
「え?」
尋ねられたのは、アーサーではなく、フィーだった。
それが、そのままヒントだった。
(まさか……)
「……父様と、母様?」
「うん。あの時ばかりは、レヴィンも来てくれたんだ。フュリーと一緒にね。レヴィンがここを訪ねてきたのは、あの時が最初で最後だけど」
「…………」
「でもね、僕達はそれだけで幸せだったよ。いてくれただけで、ね」
ふっと、細い息を吐き出して、
「幸せになるって難しいことだと、僕は思ってる。でも反面、とても簡単なことでもある。……自分から幸せになることは難しいけど、大事な人を幸せにすることなら、ちゃんと考えてあげられる相手なら、きっと簡単だから」
落ち着いたその声音は、よく聞けば、確かにアーサーのそれによく似ている。
でも、やっぱり違う。
年相応の歴史の重みが、説得力として言葉に滲む。
「だから、幸せっていうのは、一人が頑張ってなるんじゃなくて、みんなで少しずつ集めて、そうやって出来上がるものだと思う」
言いたいこと、ちゃんと伝わってるかな?――優しい笑顔で、アゼルは尋ねた。
アーサーも、フィーも、無言で頷いた。
アゼルも、頷き返した。
「大事な人ができて、それを理不尽に失わなくていい世界になった。それは二人の頑張りの成果だ。だから、そんな二人なら、僕があれこれ言わなくても、きっと幸せになれると思うけど。それでも、この場にティルテュやフュリーがいたら、きっと二人にこう言っただろうから……代わりに僕が言うね」
順繰りに、二人を見つめて、
「二人とも、結婚おめでとう。ちゃんと幸せになるんだよ」
「はい」
若い声が、唱和した。
そして、そんなお互いの声に視線を引き寄せられ……見つめ合って、照れたように二人で笑った。

本当は……もう一人いる。
大事な、祝ってほしい人。別れの時までそうと言えなかったけれど。そして多分、二度と会えないけれど。
それを察したのか、アゼルは彼の名前を挙げなかった。それもきっと、彼の優しさだったのだろう。
……けれど。
新しく父となる人の言葉に、本当の父の言葉を感じた。
だから、きっと――
(父様)
この場で言うべき言葉ではないから、心の中でだけ。
きっとどこかで自分のことを考えてくれているはずの人を、そっと思い出す。
この想いが届けばいいと、心の底から願いながら。
(フィーは……きっと幸せになります)

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