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季節外れのサンタクロース

過去の惨劇を振り返るのは、未来の希望を守るためだと。
歴史の闇を見つめることは、後の光を招くはずだと。

――そうとでも思わなければ、とてもやっていられることではなかった。

「幾ら?」
「まぁ、一万五千、ってとこだな」
髭面の店主が、文字通り足元を見て言った。
思わず眉根が寄る――が、当の店主は気付かない振りをしたようだった。
「…………」
暫く睨みつけていたが、店主にそれ以上の動きはない。となれば譲歩を引き出すのは相当に難しいと判断するしかなく、つまりは諦めたほうが利口だということだ。
再び手元に視線を戻す。手にしたままの弓は汚れや傷みが目立つ上、そもそも弦すら張られていない。だが見る者が見れば、それが今なお特異な力を秘めていることに気付くだろう。
この弓の銘は『勇者』。魔法の力で鍛えられた特殊な弓で、手にする者の反射を飛躍的に高め、通常ではありえないレベルの速射を可能にする。扱うにはある程度の技量を必要とするが、弓を得物にする者なら憧れる武器の一つである。
が、そんな業物であれ、通常であれば新品で八千といったところ。中古は当然それ以下で、値切りが通用すれば更に半額だ。使い込まれた『良い品』であることを考慮しても、一万を超えることはあるまい。それが一万五千。法外にもほどがある。
ともあれ、理由は明白だった。
(間違いないね……)
薄汚れた弓を指先でなぞる。
『勇者』と名をつけられた武器は、総じて魔法の力で鍛えられた業物だが、見た目は他の武器とそうそう変わらないのが一般的だ。だがこの弓に限っては違う。全体に施された細かな意匠一つをとっても、一級品の芸術ともなりえる精緻さ。特注であることは疑いようもない。
ハンドルに刻まれているのは、稲妻で描かれた弧に、光の矢が交差した紋章。
紛うことなき、ユングヴィ家の家紋。
「買うよ」
一言告げて、腰に下げていた金袋を探る。
興味のない振りでこちらを注視していた店主が、ようやく目に見えてこちらを見た。

見つけた以上、他に選択肢はない。
……これでなくては駄目なのだから。
先の戦の最中、前線に出る夫に妻が贈ったただ一つの弓……そんな逸話は、もう誰も覚えていなくても。
今となっては形見となったこの弓は、決して、他の誰にも渡すことはできない。

情報は雀の涙ほどもなかった。
先の戦は、歴史の表に厳然と存在した。『炎の粛清』――今となってはグランベル皇帝に納まったアルヴィスが、逆賊シグルドと彼に率いられた他の反乱分子を一掃した正義の戦い。大陸を平和に導く礎であったとして、歴史書の中では重要な戦の一つに位置づけられている。
が、一方でこの戦は、多くの謎と闇を抱えていた。戦に関わる多くの情報は帝国によって規制され、外部に漏れることはなかった。焦土と化した戦場は砂地に姿を変えて風化を加速し、歴史の証跡を消し去った。
隠蔽された情報の代わりに様々な噂が飛び交ったが、正しい情報は露ほどもなく、またそれが真実か虚実かを見極めるには、自分で真相を追うほかになかった。
選り好みすることはできなかった。
粛清された英雄たちの足跡を辿り、その死に様を追いかけるには。途切れた絆を繋ぎ直し、正統たる次代へと引き継ぐためには。
根も葉もない噂から、いかにも創作じみた話まで、虱潰しに当たるしかなかった。

失われた力を見つけ出すのと引き換えに、目を背けたくなる現実に出くわしたことも、一度や二度ではなかった。

グランベル帝国、王都バーハラ。
王城の一角にその剣が納められているという噂は、珍しくも信憑性のある話だった。
が、裏付けとなる話を聞いて、むしろ、それこそ嘘であってほしいと思った。――剣の持ち主であった女性はバーハラの戦場で死んだ。だから彼女の剣は、バーハラの戦の真相と共に暗い場所に押し込められたのだと、そんな話こそただの噂であってほしかった。
だが、そういう希望こそあっさり裏切られるものだと、今の自分は知っている。バーハラで幾多の命が踏みにじられたあの時以来、余計な期待は抱かないことに決めた。
そしてそれは、悲しいかな、間違ってはいなかった。
真相を確かめるべく、忍び込んだ城の奥。埃に塗れた黴臭い部屋の片隅で、剣は静かに眠っていた。
「…………」
無言で鞘から引き抜くと、汚れた刀身が目に付いた。かつての煌めきは見る影もない。今なおこびり付いたままの乾いた血と、刃こぼれと。
刃に指を当てても切れもしない、鈍らと化した剣。
きちんとした腕の刀匠が鍛え直せば、元の輝きは取り戻せるだろうが……
(……強かった、というより、怒ると怖かったっけ)
何とはなしに思い出す。顔は覚えている。それほど馴染みがあったわけではない。接点は決して多くはない。
それでも、俄かに心は揺れた。
この剣のかつての持ち主について、その死に様の記録はない。剣の惨状から察するに最後まで抵抗したのだろうが、それ以上のことは分からない。そのまま戦場で散ったのか、捕らえられて嬲られたのか、あるいは……
いずれにせよ、剣は持ち主を失った。この剣がこうしてここに放置されているということは、そういうことなのだろう。
「……ごめん、借りてくよ」
その言葉が今この場に相応しいかは分からないが、何かを言わずにもいられなかった。

闇市で買い叩くのは、むしろ容易い部類だった。
盗みを働いたところで、良心の呵責は起きなかった。
良いも悪いも取り混ぜて手を出したが、そんな自分の行いを後悔したことはない。

だが……一度だけ、自分の行いに疑問を抱いたことがある。
絆を取り戻すためとはいえ、ここまでする必要があるのか……もう過ぎた話だというのに、疑問の正しい答えは、いまだに分からないままだ。

「勝負あり!」
審判の叫びに後追いして、それに倍する歓声が、周囲を瞬く間に埋め尽くした。
裏闘技場――世間に知られる表の闘技場とは異なり、本当の生死のやり取りが繰り広げられる、負の感情の坩堝。また一方で、莫大な金が動く賭博場でもある。
狂い乱れた熱気が充満する、その中央。
敗者は瀕死の状態でひれ伏し、最期の時を待っていた。
……歓声はいつしか、たった一言を繰り返す合唱へと変化した。
「殺せ! 殺せ!」
裏闘技場において、敗者に与えられるのは一つ――絶対的な死。勝者は敗者の命を絶ち、初めて勝者として認められる。歪んだルールだ。そこまでして血が見たいのか。反吐が出る。
だが、そうと分かって飛び込んできたのも自分だ。自分が負けたときのこともさることながら、自分が勝ったときのことも分かっていて、なお単身この場に乗り込んだのは他でもない自分だ。
そこに、ある名剣が景品として出品されるという、ただそれだけの話を信じて。
自分が死ぬか相手が死ぬか――その選択と、一本の剣とを秤にかけた。
「……ごめん」
熱狂に掻き消える小声で呟き、手にしたままの剣を振り下ろした。
一つの命を奪う罪と引き換えに、この手はまた一つ、失われていた武器を取り戻した。

……そんな話は、子供たちには必要なかったから。
本当にいいのかと尋ねられても、答えは覆らなかった。

「こっちは、アイラの持っていた剣。こっちはホリンで、これはミデェール」
イザーク地方、北西部。主を失って久しい古城を中心に裾野を広げる、隠れ里ティルナノグ。
その片隅、他の誰も知らない密会の場で。
押し付けられた武器をなし崩しに受け取りながらも、エーディンは俄かに表情を曇らせた。
「また見つけてきたのね」
「うん。どこから拾ってきたかは聞かないでよ」
「えぇ……」
そういう約束だものね、とエーディンは答えた。
その通り、約束だった。一方的な、だが。
最初にティルナノグを訪れたときに伝えた、二つの言葉のうち一つ。詮索はしないでほしいんだ――そんな自分の言葉を、エーディンは忠実に守ってくれていた。事情の一言すらも話してはいないのに、自分からは何も聞かなかった。
だが、その代わりのように、
「無茶は駄目よ。誰も喜ばないわ」
「…………」
頷けるわけもなく、無言で返した。
無茶せずに集められる物ではないことは、エーディンもとうに察している。だから決して頷けないことも、お互い承知の上だ。
それでも、エーディンは毎回同じようなことを言う。まるで、どうしても言わなければならないとでもいうかのように。
なぜそれを繰り返すのか……本当の理由は、敢えて気にしないことにしていた。
「じゃ、もう行くね」
「もう少しゆっくりしていったら?」
「ううん」
自分がここを訪れることは、この隠れ里が帝国に知られる可能性を高めること。だから最低限の回数しか訪れないし、長居は無用。
何より……この場所は本来、自分にとって不要な場所だし、逆もまた然りだ。
「またね、エーディン」
「待って。デュー」
呼び止められ、踵を返しかけた格好のまま動きを止める。
振り向くと、エーディンは酷く悲しそうな顔でこちらを見ていた。
そして、
「辛い?」
たった一言を尋ねたその口調もまた、心に響くほどに悲しげだった。
「……うーん? さぁ、どうだろね」
無理に笑った。――誤魔化した。
辛くないと言えば嘘になる。でも辛いと言ってはいけない。そんな弱音を口にする資格はとっくに捨てていた。
非情にならなければ、こんなことは続けられない。
自分が毒を食らった分、いつか光が輝くならと、そう思わなければやっていられない。
「そう……」
表情をますます沈ませながら、エーディンは重ねて聞いた。
「あなたは、本当に、それでいいのね」
「うん」
「……分かったわ」
気を付けて、と短く言って、エーディンは霞むように微笑んだ。
「うん、エーディンも元気で」
答えて、今度こそ踵を返した。

結局、集めた武器がどうなったのか、自分は知らない。
最初にティルナノグを訪れたとき、伝えた二つの言葉のもう一つ――武器を子供たちに渡すかどうかは、エーディンが決める。そこに、デュー自身の意思は介在しない。
これは、ただの自己満足。
先の戦いの中、世話になった人たちに報いたい気持ちから始めた、小さな小さな自己満足。

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