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御印

その印の意味を知った時の衝撃を、私はきっと、一生忘れることが出来ない。

「うーん、どこ行ったんだろ……」
両脇にまとめた色素の薄い髪を揺らし、リズは一人首を傾げた。
何の変哲もない雑木林の、それほど深くもない辺り。だが目的の姿はなかなか見つけられず、結果、先ほどから同じ場所をぐるぐる巡る羽目に陥っている。
右を向いても、左を向いても、それらしい気配はどこにもない。
どちらかと言わずともきっぱり目立つ人物なので、ほどなく見つかるものと思っていたのだが、どうやら当てが外れたらしい。
「変だなぁ。ルキナがこの辺りで見かけたって言ってたんだけど……」
彼女いわく、「邪悪な気配が渦を巻くのが見える……俺の正義の剣によって払わねばならない!」とか何とか言っていたとのこと。……要するに単身見回りに出たということなのだろうから、暫くはこの辺りにいるのではないかと踏んで探しに出たのだが。
一方で、見つからないのもまた事実。
とはいえ、あのルキナが嘘をつくとも考えにくい。
(ルキナは、普通に生真面目な子だもんね。お兄ちゃんそっくり)
ルキナ。兄クロムの娘。本当はまだ赤ん坊。でも、もう一人のルキナは大人。
未来から来た――そう言われて納得したのは、その瞳を見たからだった。
兄クロムとよく似た、濃い藍色の瞳。
そして、
「…………」
自然、足が止まった。
顔が俯きがちになるのを抑えることもできず、リズはじっと大地を見つめた。
ため息と同時、弱音がぽつりと零れ落ちる。
「やっぱり……やめとこうかな……」
目的の人物が見つからないのは、その方が良いと神様が言っているからなのだろうか。聞かない方が良いこともあるという意味なのだろうか。
そうは思いたくない。ちゃんと確かめたい。けれど、もし。
(もし……ウードにもなかったら……)
考えたくない。でも。
きっと大丈夫。でも。
でも。でも。でも。でも。
頭の中がごちゃごちゃで、どうにかなってしまいそうだ。
「ほんと、どこ行っちゃったんだろ……」
話を聞く聞かないではなく、沈む気分の行き場を求めて、リズはもう一度辺りを見回した。
――と、

ガサッ

思ったよりもよほど近くで、茂みが音を立てて揺れた。
反射的に振り向いた先、茂みに遮られて人影は見えない。だが、
「? ウード?」
人の気配の薄い林の中。おそらく最も居る確率の高い人物――すなわち、探していた人物の名前を呼んでみる。
が、
「なんでぇ。危ねぇなぁ。子供がこんなところに一人でよぉ」
答えた声は、予想した声とは違っていた。
茂みを掻き分けて現れたのは、見知らぬ大柄な男。顔立ちからして柄が悪い……という感想は至極失礼かもしれないが。
嫌な予感がしたのは、似たような経験が過去に何度かあったからだ。イーリスで自警団に混ざりこんでからのあれこれもさることながら、王女という立場上、いわゆる『悪人』に狙われた経験は、自慢ではないが枚挙にいとまがない。
さすがにこんな場所で自分を王女だと見抜く輩も早々いないだろうが……悲しいかな、王女という立場を抜きにしても、ただ女子供であるだけで、悪い奴に狙われる理由としては十分だというのが実情だ。
そして、嫌な予感は――こういう場合に限ってよく当たる。
「んん? お嬢ちゃん、随分洒落た格好してんじゃねぇか。そりゃあ斧かぃ?」
値踏みするような視線。多分に嗜虐が滲んでいる。
(だったら何!?)
心の中でだけ言い返す。口には出さない。無駄に煽るのは得策ではない。
というか、どうせなら、この『洒落た格好』がバトルシスターの制服であることまで知っていてほしいと思う。もしそうなら、こんなふうに女子供だからってなめた真似をされることもないだろうに。
……いや、おそらく、原因はそれだけではない。苦々しいが認めなければならない。例えば今この場にいるのが自分ではなくルキナだったとすれば、多分、この男の態度は違ったものになっただろう。
要するに、幼く見えるとか、威厳がないとか、その辺りがなめられる本当の理由なのだ。
(ほんとは、あんまり戦ったりしたくないんだけど。仕方ないよね。お兄ちゃんに迷惑かけられないし)
「ますます危ねぇなぁ。斧ってのは女子供が使うもんじゃねぇぜぇ」
のしのしと大股に近づいてきて、下卑た笑いを浮かべる大男。威嚇するように胸を逸らし、右手に握った斧を見せびらかすように持ち上げる。
更に、
「ケヒヒっ、いい子だから、大人しく金目のもん全部寄越しな!」
脅しのためか、右手は掲げたまま、空いた左手をこちらに手を伸ばす。
――これ以上は、譲歩できない。
伸びてくる手を躱すための軌跡を脳裏に描き、反撃しやすいよう身を低く構えて、
「待ちやがれ!」
リズが反撃に打って出る直前に、その声は飛び込んできた。大男の声ではない。
大男が現れたのと同じ方向、その影になっていて姿は見えないが、声は覚えのあるものだった。
そして、その推測を裏付けるように、
「母さんに手出しはさせない!」
「あぁっ!? 誰だ!」
思ったより早い反応で、大男がリズに背を向ける。
茂みが激しく揺れる音。
振り返る大男の影に垣間見えた、剣を上段に構えて飛び出してくる――ウードの姿。
「くらえ! 必殺、ブルーフレイムソード!」
それがどういう意味を持つ言葉なのかは分からないが――
大男が振り返りざまに薙いだ斧はウードを俄かに掠め、その隙に内側に飛び込んだウードの剣は大男に袈裟懸けに打ち下ろされ、更には返す刀で鳩尾を抉った。
目にも止まらぬ連撃。流れるような鮮やかな太刀筋は、見事の一言だった。
「げはっ」
肺の空気をまとめて吐き出し、体をくの時に曲げて頽れる大男。……反して、血は一滴も流れなかった。リズからは死角になっていて見えなかったが、ウードが握っていたのは剣ではなく鞘の方だったらしい。
だが、鞘とはいえ、鳩尾に渾身の突きを叩きこまれたらたまらない。大男はそのまま大地に平伏し、気絶したようだった。
「ふぅ……」
大きく息一つ。大男がこれ以上動かないことを確かめて、ウードがリズを振り返る。
「母さん、怪我は?」
「あ、私は大丈夫。それよりウード、あなたこそ……」
見れば、斧の一撃が掠めたのだろう、ウードの服の左肩口が大きく横に裂けている。血が出ている様子はなかったが、心配は心配だ。
対して、言われて気付いたのだろう、ウードは体を捻り、裂けた服の辺りを確かめた。
「心配ねぇよ。服が切れただけだ。ったく、俺の一張羅が台無しだぜ」
「……あ……?」
「ん?」
無意識に漏れた声。ぽかんと呟いたリズに気が付き、ウードは顔を上げた。
そして、リズの視線を追いかけるように、再び肩口に視線を移し、
「……そっか、先に見せときゃよかったな」
「ウード、それ……?」
「あぁ、聖痕だよ。俺には出たんだ」
ぱっくりと裂けた生地の間、晒された上腕の外側。
まるで焼き付けたように刻まれた文様から視線を外せないでいるリズに、ウードは少しだけ気遣うような顔をした。
「ごめん。母さん、ずっと気にしてたんだろ?」
「! ……知ってるんだ。私の聖痕のこと」
「あぁ。未来の母さんが話してくれたから。……自分には、聖痕がないって。それがすごく辛かったって」

……その印の意味を知った時の衝撃を、私はきっと、一生忘れることが出来ない。

幼い頃。自意識に目覚めたばかりの頃。ごく身近な者が纏うごく小さな事実として、私はそれに気が付いた。
姉の額。兄の肩。少し年の離れた、けれど大好きな姉と兄が、同じような印を戴いていたのに気が付いて。何も知らなかったからこそ、私が口にした言葉は一つ……「私もそれが欲しい」だった。
大好きな二人とお揃いがいい、ただそれだけの思いから口にした我儘だった。
それを聞いた姉が表情を曇らせた理由を、当時の私は知らなかった。

『聖痕』。
少しだけ年月が過ぎて、体が少し大きくなって、分別が付くようになった頃に、その意味を知った。
イーリス王家に伝承される印。
体のどこかに現れる、神剣を受け継ぐ一族の証。

――そうして気が付いた、それが「欲しい」と願うことの意味。

姉にも。
兄にも。
生まれたばかりのルキナにさえ。

……なのに。
なぜ、私には。

あの時の衝撃を、私は忘れない。
幼い日に身に覚えた、あの時の辛さを……大好きな一族から一人閉め出されたことによる、途方もないほどの孤独感を、私は一生忘れない。
きっと一生、忘れられない。

「……だからさ、俺の腕に聖痕が出た時、母さんすごく喜んじゃってさ。俺のこと抱きしめて、笑いながらぼろぼろ泣いて……その時に話してくれた」
「そっか……」
それはそうだろう、と納得できる。
だって。
今、こうして、『自分の子供に聖痕が出る』と分かって。
自分は、今にももう、泣き出してしまいそうだから。
――そんな状況を誤魔化すように、リズは目元を拭いながら笑った。
「そっか、私って、未来でも泣き虫なんだね」
「そうだよ。俺の母さんは泣き虫だ。今目の前にいる母さんとそっくりだ」
元気づけようとしてくれているのだろう、少しぶっきらぼうだけど温かな言葉。
心に染み入ってくるような、優しい言葉。
ぶっきらぼうなのは、きっと照れ隠しだ――何となく、確信に近く、そう思った。
「だからさ、もう悩まなくていいんだ。聖痕が無いのなんてたまたまで、ちゃんと、みんな本当の家族なんだ。母さんは間違いなく、クロムさんたちと血の繋がった兄妹だ」
そうしてウードは、腕の聖痕を、より分かりやすいようそびやかしながら、
「俺の腕のこの聖痕が、何よりの証拠だ」
「うん……ありがとう、ウード」
「あぁ」
「へへ……」
(私の子供は、優しく育つんだね)
知っていたつもりだったけど、また新しく知ったような気分。
自然と漏れてきた笑顔と嗚咽を、敢えて堪えることはせずに、リズは表情を泣き笑いに崩した。

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