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貴女が私を忘れても

「ティニーのこと、みんなに紹介しなきゃね」
きっかけは、兄アーサーのそんな一言。
解放軍と呼ばれる軍の野営地に踏み込んだ、そのすぐ後のことだった。
成り行きで、兄の手に招かれるまま、目的地もなく軍内を歩いて回った。たまに立ち止まっては、知り合いらしい人に紹介され……意外とその人数が多くて、私は顔と名前を覚えることに必死だった。
半刻ほどが瞬く間に過ぎ、ふと気がつけば、既に軍内はあらかた見て回った後。
思わず大きく息を吐き出し、それに気づいたらしい兄に「疲れた?」と尋ねられ、全くその通りだったので苦笑を浮かべながら頷こうとして、

――視界の隅を、特徴的な銀糸の髪が踊った。

「!」
反射的にそちらを振り向き、そのまま視線は釘づけになった。
足は竦んだように動かず、体全てが硬直し――出来たことといえば、目をいっぱいに見開くことくらい。
そのくらい、そこにある光景が、そこにいる人影が、ただ信じられなかった。
「ん? どうかした?」
立ち止まった私に気づき、一歩分先に進んでいた兄もまた足を止める。
私の視線を追いかけて、近くの通りを杖を抱えて小走りに行く少女に目を移し、
「あぁ、そういえば彼女はまだ紹介してなかったね」
微笑みながらの言葉。
「あの娘は――」
「……ユリア様……」
「そうそう、ユリア……って、え?」
驚いたような兄の声は、既に私の耳に遠い。
私はそれ以降一言も発することが出来ず、こちらに気づかず駆けていく少女の背中を見送った。
銀色をしたストレートの髪が、その背中を撫でるように揺れていた。
大きな紫水晶の瞳が、陽光を受けて宝石のように煌いていた。
そんな様子の一つ一つに、見覚えを感じる。
(まさか……でも……)
困惑の視線で追いかけても、少女はやはり気づかず、そのまままっすぐに歩いていく。
――が、やがて人影に紛れて少女が見えなくなった頃……
唐突に、間違いないと、確信した。
だからこそ、疑問は沸いて出て尽きることがなかった。
「ティニー、何でユリアのこと」
「……どうして?」
「ん?」
不思議そうに尋ねようとした兄の言葉を遮り、気がつけば私は、猛然と掴みかかるようにして逆に質問を浴びせていた。
「どうして、どうしてユリア様がここにいるの!?」
「え? え?」
「どうして……」
跡がつくほどに握り締めていた兄の服を手離し、もう一度少女が――ユリアが去った方向を見つめた。
勿論、そこに彼女の姿を見つけることは出来なかった。

暖かな春の日差しの下で、きゃっきゃとはしゃぐ子供たちがいる。
一つのボールを追いかけて中庭を走り回るその姿は、一見してごく普通の子供たち。だが着ている衣装は皆が皆上等な代物で、すぐに貴族の子供なのだと察しがつく。
が、普段の躾もどこへやら、子供たちは一様に走り回って陽気な声をあげていた。男の子も女の子も、たった一つのボールを追いかけて、寄り集まっては散ることを繰り返していた。
――そんな様子を、私はその片隅から見つめていた。
「…………」
みんな、何て楽しそうに笑っているのだろう……そう思う。
誰かと遊んでは駄目と、面と向かって言われたことはない。以前になら、あの子供たちの輪の中にいたこともある。
だがある日、それぞれが別れて帰る時間になって……迎えに来た親の一人が子供に言い聞かせているのを、私は耳にしてしまった。
「あの子は反逆者の娘なのだから、一緒に遊んではいけません」
その言葉が枷となり、いつしか私は、遊びの誘いを自ら断るようになった。
従姉に心配されるほど、一人殻に閉じこもる日々が続いていた。
……本当は、一緒になって遊びたかったけれど。
「…………」
座り込み、膝を抱え、顔を俯かせる。
見ていることすら辛いなら、立ち去ってしまえばいいとは分かる。けれど、一人だけ部屋で何もせずにいるというのも、嫌だった。
せめて陽光の中で、入れずともその輪の近くにいたいと思った。
膝を抱える手に、無意識に力がこもる。
――と、

「いっしょにあそばないのですか?」

心配そうな声が頭上から降ってきて、思わず顔を上げた。
その視界を踊るように、銀糸の髪がさらりと流れた。
見惚れるばかりの美しさをした紫の瞳が、すぐ間近にあった。
見知っていたどの子供とも違う可憐な少女は、ほんの少し首を傾げて、口を開いた。
「どうかしましたか? どこかいたいとか?」
「あ……」
刹那の間、言葉に迷った。
耳に蘇る『一緒に遊んではいけません』の言葉。その拍子、胸の奥がずきんと痛んだ。
思わずびくりと体を奮わせた私に気がついたのか、少女の表情がますます心配そうに曇る。
「だいじょうぶですか? もしかしてけがでも……」
「あ、ううん……けがじゃなくて……」
「じゃあ、なんでみんなとあそばないのですか? あそびたそうなかおしてますよ?」
「……それは……」
何といえばよいか分からず、視線を泳がせる。
少女の言葉は当たっている。確かに私だって遊びたい。みんなに混じって駆け回りたい。一緒になって笑い合いたい。
――けれど、それは望んではならない。
私は……反逆者の子供だから……
と。
「わたしとおなじですね」
「え?」
思わぬ声にびっくりして、少女に視線を戻していた。
少女はにっこり笑って、私の傍らに座った。
「わたしもみんなとあそんじゃいけないんです。はしたないから、はしりまわったりしちゃいけませんって」
「…………」
「だからね」
穏やかな風に銀の髪が流れ、柔らかな陽光を反射して、きらきらと眩しく輝いた。
向けられた笑顔の愛らしさと相まって、まるで天使のようだと……思った。
「いっしょにおはなししましょう? それならかまわないでしょう?」
「……うん……」
無意識に、頷いていた。

少女は、話をすることも、聞くことも、とても上手だった。
豊富な話題を提供し、私からの言葉を引き出す。私が話をすると嬉しそうにそれに聞き入り、言葉を返してまた別な言葉を誘い出そうとする。
およそ少女らしくないその巧みな話術と知識を、少女は兄と話しているうちに得たことだと言った。兄がとても話題豊富で話し上手で、自然少女は聞き上手になったのだと。
家族のことを照れたように話す少女に、ほんの少し胸が痛んだけれど。
久しぶりに誰かと交流を持てたことが、それ以上に嬉しかった。
――誰かと友達になれたことが、何にもまして喜ばしかった。

「……ユリア様」
「え?」
名前を呼ばれて驚いたのか、ユリアは目をぱっちり開いて振り返った。
鈴の鳴るような儚い声は、今も昔も変わらない。一級のアメジストよりも綺麗な瞳も、昔と全く変わっていない。
ただ、振り向く拍子に流れた髪は、記憶の中の少女よりずっとずっと伸びていた。
「何か?」
そう言って微笑むユリアの表情には、だがかすかな戸惑いが表れている。それはそうだろうと思う。いきなり見知らぬ人間に名を呼ばれたら、誰だって戸惑うに決まっている。

彼女は記憶を失っていると、兄アーサーは言っていた。
記憶を失い、バーハラで倒れているところを、レヴィンに助けられたのだと。
魔法の素養は高く、きっと名のある貴族の娘なのだろうとは囁かれているが、当人は名前以外の何も覚えていないのだと。

けれど彼女は……そうした苦境にもめげず、一生懸命に軍のために尽くしていると。

見知らぬ誰か――その事実に、胸が痛む。
私は彼女を知っている。彼女の名前だけではない、その出自も、親のことも、兄の存在さえ、軍内でただ一人知っている。
そして何より、あの春の日差しの下の出会いを覚えている。
何もかもを明かすことも、出来る。
――だけど……

「初めまして」

喉の奥の棘を飲み込み、笑顔を作る。
あの日、あの庭で、彼女が向けてくれた笑顔を思い出しながら。
「アーサーの妹でティニーといいます。今日からこの軍に入れてもらうことになりました」
「アーサーさんの?」
ユリアの顔から戸惑いが消え、その隙間を埋めるように親しみが覗く。
こくりと頷き、もう一度微笑む。
「兄共々よろしくお願いします」
「えぇ、こちらこそ」
にこりと笑んだその顔が、とても幸せそうだったから……
私は、彼女に何も言わないことを決めた。
いつか、告げずにいたことを後悔するかもしれないけれど。
いつか、彼女は余計に苦しんでしまうかもしれないけれど。

今、この場で、大事な友人の笑顔を失いたくないと……そう思うことは間違いではないはずだと、私は自分に言い聞かせていた。

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