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君に幸あれ

「結婚……?」
「……あぁ」
真剣なんだ、と、はにかむように笑った。
トクン……と、心臓が不規則に鳴った。
「ど、どうしたのいきなり? ていうか、何かあった?」
「別に、急でもないだろ」
「でも、そんな素振り、全然なかったじゃない」
「……ずっと考えてはいたんだ。言えるような状態でもなかったから、周りには言ってなかったけど」
首の辺りを掻きながら、明後日の方向を眺めやるその視線の先を、無意識のうちに追いかけた。
そして、気づいた。
そこにいた……一人の女性の、後ろ姿。
「ラナにだけは、もう言ってある」
「! それって」
「あぁ。この間、プロポーズした」
離れていく白い影を、愛しげに眺めやる視線。
それが、不意に、こちらへと戻ってきた。
――少し困ったように、笑った。
「この戦いが終わったら、正式に結婚するんだ、俺たち」

「ちょっと、レスター!!」
「うわっ、ちょ、待て待て待て!」
愛馬から引き摺り下ろさんばかりに片足を引っつかんでいる――というかもう半分ぶら下がっているような状態の小柄な少女に向けて、レスターは半ば本気で叫び声をあげた。
「落ちる! 落ちるって! やめろってのオイ!」
「やだ! それより話聞きなさいよ!」
「聞くから聞くから! とりあえず離してくれ! マジに落ちるから!」
「どうでもいいわよそんなこと!」
「よくないっつの! お前下敷きになりたいのかって……おま、ちょ、落ち着けって!」
かれこれ一分ほども、そんな不毛なやり取りを繰り返していただろうか。
結局、どうにか少女を避けて着地したレスターだったが。お陰でバランスを崩して尻餅をついた彼に、少女は猛然と掴みかかってきた。
馬乗り状態でまくし立てる。
「どういうことよ! ちゃんと説明しなさいよね! 勿論分かりやすく十文字以内でよ!」
「短いな、オイ」
「じゃ、原稿用紙三枚以上!」
「長っ。つーか極端すぎだろそれは」
冷静につっこんでから、食いつかんばかりの彼女の両頬に両手を差し出し、両側から軽く叩く。
ぺちっと軽い音。
「痛っ」
「あ、悪い。加減したつもりだったんだけど」
大きな目を瞑って痛がる彼女を見て、すぐさま謝る。
その目の前で、ゆっくり開いていく黄金の瞳。
視線が絡む。
「大丈夫か?」
「うん」
「で、少しは落ち着いたか?」
「……うん」
「よし」
こっくり頷く彼女――パティに、レスターもまた頷き返して、
「そのまま、落ち着いたままだぞ。騒ぐなよ。絶対だぞ。約束だぞ」
「うん」
「で、何が聞きたいんだ?」
「決まってるじゃない! お兄ちゃんとラナのことよ! もうね、頭から尻尾まで包み隠さず細大漏らさずっていうか知ってることから知らないことまで全部が全部説明しなさいよね!」
「落ち着けって」
やっぱり導火線に火が点いたらしい。予想を裏切らない彼女の行動に、用意していた言葉を切り返しながら……
ともあれ、彼女の言いたいことは、どうにか分からないこともなかった。
「あの二人の、結婚のことだな?」
「やっぱり知ってたのね!」
「聞いたばっかだけどな」
「どーして黙ってたのよ!」
「だから聞いたばっかなんだっての。お前、少しは人の話聞けよ」
「〜〜〜〜っ」
まだ何か言いたそうに、けれど懸命に堪えているらしく、なぜか片手をぶんぶんと振り回すパティ。
――が、どうにか、今度こそ本当に落ち着いたらしい。
「う〜……っ」
「どうどう」
「……ねぇ」
「ん?」
「それ、ラナに聞いたの?」
「ん、まぁ」
「何て答えた?」
「いや、普通に。予想はしてたし、とりあえず、おめでとうって」
「…………」
「おい?」
ふと気づく。落ち着いた……はいいが、今度は言葉のたびにどんどんテンションが下がっているらしい。
遂にはしょんぼりと俯いてしまったパティを見、少し辛い体勢になるが、首を傾けてその顔を覗き込む。
ぎゃーぎゃーと騒いでいる彼女の扱いより、打って変わって大人しくなってしまった彼女の扱いのほうが遥かに難しいことは、経験として知っていた。
「なぁ、おい、パティ?」
「あたし、思えなかった」
「ん?」
「おめでとうって、思えなかったの」
半泣きの目。
わななきを堪えている口元。
きつく握りられた両拳が、震えていた。
「言ったには、言ったんだよ。おめでとうって。だって、あのお兄ちゃんだよ? そーゆーの言うの苦手だもん。絶対いっぱい悩んだり、照れたりしたもん。すごく頑張らないと、そーゆーこと言えないもん。分かるもん」
「……だな」
「でもね、口だけだったの。ほんとは、おめでとうとか思わなかったの。聞いた途端に、頭の中真っ白なっちゃって、気がついたら、口が動いてたの。おめでとうって」
「…………」
「そしたらね、お兄ちゃん……困った顔してた」
思い出す。おめでとうと伝えた後のこと。
困ったような、でも、確かに笑顔だったはずの兄の顔が、不意に変化した瞬間。
こちらを見、何かに気づいたかのように、数回目を瞬かせて。
笑みを消した顔が、心配するように、

――パティ? どうした?――

「あたし、それで気づいたの。あたし、笑ってなかったんだって」
笑えない。あの時も、今も。
歪んだ顔を隠すように、パティはレスターの胸に縋った。
彼のシャツを、思いっきりぐしゃぐしゃに握り締めながら、
「だって、お兄ちゃんの口癖だもん。あたしが笑ってないと、どうしたんだって言うんだもん。怒ってる時も困ってる時もバタバタしてる時も、笑ってないといつも言うの。しつこいのよ。だからあたし、お兄ちゃんの前じゃいつも笑うの」
「…………」
「でもね、笑える、わけないよ。上手く笑えてないって、自分で分かる」
押し付けられた頭から、細かな震えが伝わってくる。
レスターは、その体を思いごと受け止めるように、パティの背中に片手を回した。
先とは別な意味で落ち着かせようと、軽くその背を叩いてやる。
平静な声で尋ねる。
「喜んでやれないって?」
「……うん。どうしてなのかな?」
「どうしても何も。決まってるだろ」
「分かんない。教えてよ」
縋った体勢のまま、目だけを上向きにして尋ねるパティ。
瞳を縁取る長い睫毛――その先が、僅かに濡れて光っている。
……なぜだか、溜め息が漏れる。
「ったく……んなこと言わせんなよ。お前、本気でファバル好きだろ。だからだよ」
「だって、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ?」
「ブラコン」
「違うもん」
「違わない」
彼女のブラコン振りは、疑う余地もない。だから即答する。
――無駄に込み上げてくる嫉妬は、とりあえず今は飲み込んで。
「あのな、パティ。お前、ほんとはちゃんと喜んでるよ」
「嘘」
「ほんとだって。じゃなきゃ、お前に限って、そんな風に泣いたりしないだろ」
何とも思わない相手や、嫌いな相手のために、泣いたりする奴はいない。
ましてや、それがこのパティとなれば。
いつも感情に正直に、笑ったり怒ったりを繰り返している彼女となれば。
「お前はちゃんと喜んでる。でもそれ以上に、寂しいんだろ。ファバルが自分よりラナを選んだみたいで、そのまま離れていくみたいで。そんでもってそのうち自分のこと忘れるんじゃないかって思って、へこんでるんだろ」
「違うもん」
「違わないって。いいから聞けよ」
「ん……」
彼女を抱く腕に少し力を込める。それで、パティは再び黙り込んだ。
そうして、レスターも暫し黙る。次に発するべき言葉を探して。
……やがて、見るべきものもなく、放ったらかしにされて退屈そうに足元の草を食べている愛馬を、何とはなしに見つめながら、
「ずっと二人きりだったんだろ」
「うん」
「ずっと助けてもらってたよな」
「うん」
「いなくなったら、寂しいよな?」
「……うん」
「よし」
ようやく幾分素直になった彼女に、偉いとばかりに頷いて、
「でもな、それ、考えるだけ無駄だぞ」
「え?」
「実はな……ラナにその話聞いたときな、ファバルも一緒にいたんだけど」
「お兄ちゃんも?」
「あぁ。で、あいつ何て言ったと思う?」
「分かんない」
「怒るなよ。言ったのはファバルだからな」
そう、言い出したのは他でもなく、ファバルその人だった。
おめでとうを告げた後。ラナが赤くなりながらも幸せそうに微笑んだ横で、「ちょっとちょっと」と声を上げて。
振り向いた俺と、不思議そうな顔のラナと。
……そしてファバルは、全くもっていつもの調子で、調子っぱずれなことを言い出したのだ。
「三年か四年、多くて五年、俺に、お前を預かれって言うんだよ」
「? 預かる?」
「そ。そしたら迎えに行くからって」
「はぁ?」
話がさっぱり見えなくて、思わずパティは顔を上げた。
そして、元々至近距離で見下ろしていたレスターに、更に顔をくっつけて。
大きな瞳をまん丸にしながら、
「何、それ?」
「俺もそう言ったよ。何だそりゃってな。そしたらあいつ、お前と約束してるからとか何とか」
「約束?」
「母親、探しに行くんだろ?」
「あ」
言われて、パティもまた思い出した。
あれはまだ、トラキアに攻め入ったばかりの頃。ふとした会話の中で、兄ファバルと交わした約束。
彼は、二人で探しにいこうと言った。
行方不明の母を。そして、当時は名前も知らなかった父を。
「忘れてないよ、ファバルは」
驚いて固まってしまったパティに、レスターは苦笑交じりに告げる。
「お前のことも、相変わらず大事にしてる。じゃなきゃあんなこと言い出さない」
すぐ横で聞いていたラナが、驚いて「何よそれ」と詰め寄った。
その勢いに負けて一歩後ずさりながら、ファバルは困ったように「ごめん」と言った。
けれど、態度は変えなかった。

――約束破ると、あいつ本気で拗ねるからさ――

「お前ら、ほんと、仲いいよな」
「ほんとに? ほんとにお兄ちゃん、そんなこと言ってたの?」
「あぁ」
「……そっか」
考える。その時、彼はどんな顔をしていたんだろうと。
……すぐに、いつものように「しょーがねーなー」と言っている兄の姿が思い浮かんだ。
それだけで、思わず吹き出してしまった。

同時に、思い出した。
――これが、兄の前での笑い方。

「そっか。お兄ちゃん、覚えてたんだ」
「あぁ」
「……ね、レスター。今のあたし、ちゃんと笑えてる?」
「自分で分かってて聞いてるだろ」
「うん」
「……あのなぁ」
今度こそ飲み込めなくなった嫉妬を剥き出しにして、レスターは腕に力を込めた。
すっぽりと胸の中に納まってしまう小柄な彼女に、割と本気で悪態をつく。
「お前な、俺がファバルに、「はい分かりました」なんて素直に応じたと思ってるのか?」
「え? 違うの?」
「あほか。預けるとか、ふざけんなよ。俺、ファバルに言ってやったんだからな。言われなくても掻っ攫ってくし、そのまま返してやる気もないぞって」
「……妬いてるの?」
「当たり前だろ。妹くれとか言っといて、自分はやらねーとか。何様だあいつは」
「うん、お兄ちゃん、割と欲張りなのよね」
「頷くな認めんな感心すんな」
呆れ果てた上の、もう何度目か分からないツッコミ。
ともあれ、
「覚悟しとけよ」
「何を?」
「何年後か知らんけど。ほんとに迎えに来たところで、返してなんかやらないからな」
「じゃ、あたし勝手に出てく」
「おい!」
「あはは」
たまらず叫んだレスターの腕を、まるで風のようにするりと抜け出して。
いつの間にかすっかり元の調子に戻っていたパティは、そうして高らかに笑い声を響かせた。

はてさて、その後。
解放軍の片隅では、いつもと言えばいつもの光景が繰り広げられていた。
すなわち、
「お兄ちゃん、この戦争が終わったらって言ってたじゃない! 何なのよ三年とか四年とか!」
「そんなの、すぐには無理だろが! あの時は知らなかったけど、俺、ヴェルダン継がなきゃならないとか言われたし!」
「知らないわよそんなこと! 何よ、あたしのほうが先に約束したのに! 約束破る気!?」
「約束は守る! だからちょっと待てっての!」
「三年のどこが『ちょっと』なのよ!」
「すぐには無理だって言ってんだろ! ていうか見事に堂々巡りだよ!」
きゃんきゃんと噛み付くパティと、疲れたように叫び返すファバルと。
そんな二人の様子を、並んで見つめている影二つ。言わずもがな、すっかり呆れ果てたレスターとラナである。
――本当に、喧嘩するほど何とやら。
ともあれ、
「ま、そうよね。お兄ちゃんは、あたしよりラナのほうが大事だもんねー」
パティが不意にそんなことを言ったことで、ますます形勢は妹のほうへと傾いていった。
慌てたように、ファバルが言葉を濁す。
「な……別にそんなんじゃ」
「でもあたし、分っかんないなー。何でラナみたいな可愛い子がお兄ちゃんみたいな駄目な人とくっついちゃうんだか。世も末よねー」
「おま……っ」
「ふーんだ」
ざまーみろとばかりに言い置いて、ぷんっと背を向けたパティだが。
次の瞬間には、なぜか再び振り向いて、
「ね、お兄ちゃん」
「今度は何だよ」
「結婚おめでと! ラナのこと泣かしたら、あたし許さないからね!」
それから、思いっきりあっかんべーをして、パティはそのまま駆けていった。
子鹿のような軽やかな走り。あっという間に見えなくなる。
そして、その場に一人残されて……
呆気にとられたファバルの声が、ぽつりと落ちた。
「何だ、今の……」

「……ま、今はこんなもんか」
「? お兄様?」
「何でもない」
先の兄妹のやり取りを、一人反芻しつつ。
不思議そうに首を傾げるラナを横目に、レスターは僅かに口元を緩ませ、軽く首を横に振るばかりだった。

お楽しみいただけましたでしょうか? >>>