- Fire Emblem 私設二次創作サイト - 

これが最後の夜だから

再会したあの日あの時、声が聴こえた気がしたの。
とても優しく、穏やかな、突き放した声が、確かに言ったの。

――何も聞くな――

だから、何も聞かなかった。
何も言わなかった。声を掛けることは勿論、名乗り出ることも、誰かに話すこともしなかった。長い間、ずっとそうして過ごしてきた。
それが知ってる声だったから、尋ねることは不要だと思った。
貴方は確かに私の知ってる人だったから、その声だけで、十分だと思った。

……でも、今日、この夜だけは。

宴の音が、華やぐ声が、遠く聴こえる。
広間からだろうか、それとも、城下からだろうか。いや、城の中も外も雰囲気に大して違いはないのだから、気にすることもないのかもしれない。
皆が、飲んで、騒いで、笑っている。歌う者、踊る者、奏でる者……皆が皆、自身が出来る限りの祝いの表現でもって、訪れた平和を喜んでいる。
そしてそれは、ここバーハラだけではない。きっと他の場所も同じだろう。
……今宵はそれが許された夜。
男も女も老いも若きも、この大陸に生きる者であるならば、誰も彼もがその雰囲気を楽しむことを許された夜。

――なのに。
どうして貴方は、こんなところに一人でいるのだろう。

「……探していました」
「…………」
宴の喧騒も遠く、灯りすらも満足ではない。
それでも、二人の姿を朧にするほどのものでもない。
……薄闇の向こうに、月夜に照らされて無言で佇む姿が、こちらを見つめる新緑の瞳が、ちゃんと見て取れる。
「探していたんです……お父様」
重ねて声を掛けても、彼の表情は動かなかった。
しばし見つめ合った後、レヴィンは元のように、夜空へと視線を転じただけだった。

「どうして、こんなところにいらっしゃったのですか?」
「……騒がしいところは苦手だからだ」
「嘘ですよね」
「…………」
「人の集まる場所は、決して嫌いではないはずです。ううん、気が向けば、自分も奏でる側に回るくらいにはお好きなはず。だって、今までも何度かこういう宴はあったけど……お父様、時々笑ってらしたもの」
気づいていた。
ただ、口に出したことはない。
「もう一度聞かせてください。どうして、こんなところにお一人で?」
「……少し思い出すことがあっただけだ。深い意味はない」
「私たちが知らないこと、なんですね」
「あぁ」
「お母様のこと? それとも、シグルド様?」
「…………」
「嘘なら答えてくれる。でも、本当のことは言えませんか?」
尋ねる。けれど返ってきたのは、やはり沈黙だけだった。
それがそのまま、肯定だとも分かっていた。
……何か事情があるのは、もうずっと前から、分かっていたことではあるけれど。
「ねぇ、お父様」
「なんだ」
「私が参軍した時、何も聞くなって言ったの、お父様ですよね?」
思い出す。
シレジアを出てずっと東へ――そうしてイザークに着いた時、戦はとっくに始まっていた。
事態に気づき、ほど近い主戦場に向けて更に飛翔しようとし、けれど通りがかったとある村では、どさくさに紛れて山賊が略奪を行っていた。
最初の目的も忘れて、彼らを助けに行った。
そこで、同じように救助に動いていたらしいセリス軍と合流した。

……風に囁かれたのは、その時だった。

「私、ずっと考えてました。お父様が何も聞くなっていうなら聞かないし、何も言うなっていうなら言うつもりはなかった。でも、考えることは、やめられなかった」
そうして、気づいたこともある。
確信したわけではない。答えを知るはずの人は黙して語らず、ただ推測に推測を重ねることしか、自分には許されていなかった。
それでも、多分……

多分、何も聞かれたくないのは、何も答えられないから。
何か事情があって、大事なことを隠さなければならないから。

本当は教えたいだろうに……答えを求める娘にすら何も与えられないことが、きっと耐え難い苦痛だったから。

多分、当たっているのだろう。
分かるから。父は昔から変わらないと。
父を取り巻く風の優しさは、昔からどこも変わっていないと。
「お父様。今日は、無礼講なんです」
「…………」
「今日、今夜だけは、誰に何をしても許される夜。誰に何を聞いても許される夜。でも、お父様が答えられないことは、答えなくていいです。少しだけ、答えられることだけ、教えてください」
分かっているから。
答えられること、答えられないこと……その境界がどこにあるかも、ずっと考えていたから。
聞き方を間違えなければ、きっと父は、答えてくれるから。
「お母様のことも、シレジアのことも、見捨てられたわけじゃないんですよね?」
「あぁ」
「国を出られてからも、お兄ちゃんのことも、私のことも、心配してなかったわけじゃないんですよね?」
「あぁ」
「私、大きくなったでしょう?」
「……そうだな」
ふとこちらに向けられた視線。細められた目は、どこか鋭い。
一線を置いた関係は変わらない。
それでも……その言葉が、嬉しかった。
「最後に、もう一つだけ」
「なんだ」
「シレジアに帰りたいと、今でも思われますか?」
「…………」
「もしそうなら、いつかでいいです、シレジアにもお立ち寄りください。多分、お母様も、ずっと待ってるはずだから」
答えがないことは分かっていた。だから落胆もしなかった。
これは、答えられない言葉だから。境界を越えた言葉だから。
父はもうシレジアには戻らないだろうことも……家族で過ごしたあの日々には決して戻れないだろうことも、悲しくても、分かっていたから。

……それでも、いつかは、帰ってきてほしい。
シレジア城にではない。そんな我侭は言わない。
ただ、あの白銀の大地のどこかには、きっと帰ってきてほしいと。
それが父の真の望みであるのなら、それがいつか叶ってほしいと。

「それだけです。お邪魔してごめんなさい」
尋ねたいことがないわけではない。言いたいことがないわけでもない。
でも、伝えるべきことは伝えたから、自分から話せることはもうないから、城内に戻るべく踵を返した。
――その時、
「フィー」
「?」
呼び止められて、足を止めた。
振り返ると、先より一歩だけ離れた距離で、父は静かな瞳でこちらを見ていた。
重い口が、少しだけ開いた。
「お前は……軍に入ってから、私のことを一度も父と呼ばなかったな」
「……はい。今日初めて言いました」
お父様と。
ただそう呼ぶことすら、自分を戒めていた。
他の人と同じく、ずっとレヴィン様と呼んでいた。
余計なことを言わない関係なら、それは親子ではない、ただの他人と同じだから。

幼き日と同じ、くだけた言葉で甘えることは、今も出来ないままだけど。
何も聞くなという一言から、父が望んだだろう全てを、察したから。

「気づいてたんですね」
「あぁ」
「それが、何か?」
問い返すのは許されるだろうか――口にしてから、そう思った。
だが、どうやら、それは許されるものであったらしい。
父は、重ねて言った。
「……ありがとう」
「…………」
思ってもみなかった言葉に、目を瞬かせた。
それは、境界を挟んだどちら側の言葉だろうと、ふと考えた。
――ただの父としての言葉だろうと、思い立つまで気づかなかった。
「……お父様」
他の意味があったとしたら、それは気づいてはいけないこと。
だから、ただの父の言葉に、ただの娘としての言葉を返そうと思った。
それだけなら、今夜だけは、許されるはずだから。
……少し考えてから、口を開いた。
「何に対しての感謝なのか、分からないです、お父様」
「そうか」
「はい」
だってそれは、当たり前のことだから。
娘として、父の言葉を聞き入れるのは、当たり前のことだから。
――口にしなかった気持ちは、上手く伝わっただろうか。
伝わってくれていれば、いいと思う。
「では、私は戻ります。風邪なんてひかないでくださいね、お父様」
「…………」
再び沈黙に落ちた父に背を向けて、今度こそその場を後にした。
皆が宴に興じている広間に向けて、振り返らずに足を速めた。

弱々しくも背中を押す優しい風には、気づいていても、気づかない振りをした。

お楽しみいただけましたでしょうか? >>>