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血に縛られた役者たち

彼の一言を聞いたとき、知らず零れた涙。
当時は、その涙の意味が、自分で理解できなかった。

通されたのは、予想していた王の間ではなく、こじんまりした応接室だった。
あらかじめ人払いされていたのだろう、待っていたのは、彼一人だった。
「遠路遥々、ようこそ、ユリア皇女。お待ちしておりました」
「……お久しぶりです」
他人行儀な、言葉だけの言葉。
ヴェルダンの主として、グランベル皇女を迎えた、それはただの社交辞令。
目を見れば分かる。歓迎されていないことは。
「長旅でお疲れのところ、お呼び立てして申し訳ない。本来なら、本日はごゆっくりお休みいただくところなのですが」
口元に僅かに浮かべられた笑み。
物腰は柔らかいのに、月色の瞳に滲んだ警戒が手に取るように分かる。王宮でたくさん見てきたから……居心地のいいはずのあの場所でさえ、ときたま、私を同じ瞳で見る者はあったから。
けれど、先の戦いを共にした『仲間』ともいうべき人の中には、他にはいない。
彼――ファバルだけだ。
「正直、突然のご来訪には驚かされましてね、ご用件をお聞きしたく、ご足労をおかけした次第です」
「……はい」
「バーハラは安泰と伝え聞きます。セリス様のご治世に対する賞賛の声も同様です。各地の平定も成って久しく、荒れた地の補修もあらかた済んだ頃だ。とはいえ、仮にも皇女である貴女がわざわざヴェルダンくんだりまでいらっしゃるのは、ただのご遊楽ともいかないでしょう」
そういえば、昔は、それほど多くを話すところを見たことがない。
こんな堅苦しい挨拶も、一体いつ覚えたのだろう。
……私は、彼にこんな話し方をしてもらいに来たのではないのに。

多分、彼はわざとそうしている。

「ご真意をお伺いしたい」
「……政治もお義兄様も関係ありません。私は、ただ貴方に会いに来ました」
「…………」
僅かにひそめられた眉。張り付いた笑顔。警戒の薄れない瞳。
鋭い視線が、かつての彼を思い出させる。
そう、
「私は、貴方に謝りに来ました」
あの日、私を射抜いたのも、こんな酷く昏い瞳だった――

「私がやります」
決意を胸にそう言った私に、異を唱えた人はいなかった。
居並ぶ仲間たち――ラナも、ラクチェも、他の人も……そして義兄セリスも。誰一人として口を開かず、私を見つめ返すだけだった。
祈りの形に組んだ手に、いっそうの力を込めて、それらの視線を受け止めた。
自分がやらなければならないと、自分で自分に言い聞かせていた。
――それは、血に刻み込まれた使命だから。母から継いだ宿命だから。
自分がこれまで生きてきた理由は、全てこのためだと知ったから。

同じ血を肉を分けて生まれた双子の兄を、この手で討つこと。
それが、神様の描いた筋書きの最終章。

逃げてはいけない。
逃げる道など、用意されてはいない。
兄を倒し、その最期を見届けること、それが唯一の救いの道なのだと、
「私が、やります」
もう一度、そう自分に言い聞かせた。

――けれど、私は知らなかった。
それは、全てが終わってしまうまで、私にだけ伏せられていた。
セリスとレヴィンに伴われてヴェルトマーに向かう間に、バーハラで繰り広げられた最後の激戦。
その只中で、兄ユリウスが別の人の手によって倒されたこと。

ファバルだった。

闇の力に守られたユリウスを射抜いた、光の矢。
兄の中で目覚めた力も見くびっただろう、光の矢。
人の目には力強くとも、竜の目には儚いその一筋の光が、闇に吸い込まれ――貫いた。

全ての戦いに終止符を打ったのは、眠れる光の竜ではなかった。

セリスは全てを承知していた。
自分が決意を伝えて去ったその後、残された面々を前にして、ファバルは自ら、自分がユリウスを殺すと進言していた。
無茶だと繰り返し止めた仲間たちに、それでもファバルは頑として折れなかった。

彼の言い放った言葉に、誰も彼もが息を呑んだ。

『俺は、もう死んでもいいんだ』
『家族すら守れなかった俺には、生きている意味はもうないから』

『けど、このままじゃ終われない』

『俺は、あいつの仇を討ちたい』
『あいつを殺したあの皇子が憎い。あいつに一矢報いてやらなきゃ気がすまない』
『このままじゃ、俺の気持ちが収まらないんだ……』

彼は生き残った。
ヴェルトマーからバーハラへの道中で全てを伝え聞いた私は、ナーガの書を胸に抱いたまま、彼の元へと急いだ。
満身創痍で床に伏せていた彼を前に、怒りに我を忘れて、詰め寄った。

「なぜ貴方が――!」

やりきれない気持ちまで吐き出したくて、細い声帯を精一杯震わせて叫んだ私に、彼は閉じていた目を開けた。
そして、こちらを見た。
ただただ悲壮な、昏い瞳が、こちらを見た。
それだけでも大儀そうに、小さく動いた口が、呟いた。

「それでも、これで、俺以外には言えるだろう。……本当は、戦いたくなかったんだと」

――自然に、涙が零れた。

なぜ涙が溢れるのか、私は分からなかった。
悲しいのか、それとも悔しいのか……分からないまま、私は泣いた。

「貴方、本当はあの時、死ぬつもりなんて初めからなかったでしょう」
知っていた。
彼は、生きることに対して投げやりではなかった。
望んで死ぬつもりなら、彼はユリウスと共に倒れていたはずだ。

彼が望んで死地に向かうことを、彼の妹は、決して望まなかった。

「したたかだわ。みんなが何も言えなくなるって分かってて、死にたがるだけの理由があるってことだけを前面に出した。仇を討ちたがったことも本当、決死の覚悟があったのもの本当……でも、死ぬつもりなんてあったはずがない。もしそうなら、貴方は今ここにはいないもの」
「皇女は、想像力が豊かですね」
ファバルは笑った。
かつての彼なら決して言わなかっただろう馬鹿丁寧な口調。強い違和感がする。
「まぁ、そういうことにしておいてもいいですが。それが何か? 謝るとは、一体何のことでしょう」
「貴方は、みんなに隠したわ。パティのことだけを伝えて……あのことは、誰にも言わなかった」
「何のことですか?」
「……私、本当は、ユリウスと戦いたくなかった」
誰もが私を止めなかった。
兄を殺しに行く――そう知っていて、皆が無言で背中を押した。
心から哀れんでくれただろう。心で泣いてくれただろう。けれど、誰も止めなかった。

――そうしなかったのは、ただ一人だけ。

「私がヴェルトマーから戻ったあの時のこと、他の誰にも言わなかった。本当はユリウスと戦いたくない、ユリウスの味方のままでいたい、この手で殺すなんて耐えられない……そんな私の気持ち、貴方は分かってて、全部分かってて、自分だけが汚れ役を被った」
何も知らない私をヴェルトマーに行かせ、その間に事を済ませる――そう進言したのも、彼だったと聞いた。
本当に仇を討ちたいだけなら、そんなことをしなくてもいいはずだった。共に戦う方法だってあったはずだ。
けれど彼は、そうしなかった。彼女の決意を裏切ることになる、言ったら反対されるだろうとこじつけて、皆の口を封じた。

全ては私が知らぬ間に起きたこと。
だから、私はユリウスの敵にならずに済んだ。
自ら戦わずに済む道を、神様でさえ用意してくれなかった道を、彼は用意してくれた。

家族だから、本当は戦いたくないと……その一言さえ言えなかったユリアのために。
同じ戦いで家族を失ったはずの彼が、誰よりもユリアの味方だった。

「だから、ごめんなさい」
感謝の言葉は、口に出来ない。
『ありがとう』は、決して言ってはならない。
彼はその言葉を望まない。彼は、私がユリウスの――彼の妹の仇である存在の味方であることを望んだ。
だから、
「それと」
ひぅっと鳴りそうになる喉を押さえて。
精一杯の憎しみの瞳を、彼に向ける。
「私、貴方のこと、殺したいほど憎んでるわ。それを……言いに来たの」
「……上等だ。いつでも殺してみろよ」
儀礼的な言葉ではなく、スラングにも似た言葉を吐いた。
張り付いた笑顔ではなく、皮肉げな笑いを浮かべた。

――垣間見えたかつての彼に、こんな恩返ししか出来ない自分が、たまらなく嫌に思えるけれど。

私はこのまま、彼の望むとおり、ユリウスの味方であり続ける。
でもそれは、貴方の敵であることとは同義でないと……そう信じたい。

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