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全てはここから始まった

ん? 俺たちがどうしてつるむようになったかって?
急にそんなこと言われてもな……もうかなり前のことだし、気がついたら一緒にいたみたいな感じだったと思うけど。
……あー、ごめんごめん。ちゃんと思い出すからそんな顔しないでくれ。
えーとだな……んー……
あ! そうだ。入学式の日の喧嘩! あれで知り合ったんだ。で、後は何となくズルズルと……あ、エルトは俺が無理やり引っ張り込んだに近いかもだけど。
え? 喧嘩って何だって?
なんだ、シグルドに聞いてないのか? あの頃はブラコンで有名だったくせに。
……すまん、失言。謝るからその握り拳はしまってくれ。

で、何だっけ? あぁ、喧嘩の話だっけか。
あれはよく覚えてるよ。入学式からいきなりこの騒ぎか、って感じだったからなぁ。

キュアンが知る限り、事の起こりは、俗に言う『入学の辞』――つまりは新入生代表の挨拶の時。
通例、こういうときの代表というのは、入試成績がトップの奴と相場が決まっている。超がつく難関であるこのグランベル王立士官学校の入試をトップでパスした人間……さてどんな奴だろうと、キュアンは密かに楽しみにしていた。
そして、教師に呼ばれた名を聞いて、驚いた。
「入学の辞。新入生代表、エルトシャン=ノディオン」
「はい」
答えた声は、十五歳にしては……良く言えば落ち着いており、悪く言えば抑揚に欠けていた。
壇上に上がったのは、一度見たら忘れられないだろうという、やたらめったら目立つ男。背も高く、すらりとしていて、触り心地のよさそうな細い金髪が肩へと流れ落ちている。こちらに背を向けているので顔は窺えないが、これで美形なら、間違いなくそこらの女が黙ってはいないだろう。
「積極的に学び、動き、判断し、将来を背負って立つ人間に相応しき知識と教養と行動力を……」
お約束の内容を、さも嫌そうに述べていく男の声を聞き、キュアンは苦笑すら漏れそうになった。
――そんな時のことである。
ふと、近くの男の声が耳に飛び込んできた。
「なぁ、何かあいつムカつかねぇ?」
「だな。スカした雰囲気が気にいらない」
「今のうちにシメちまうか?」
「そうするか」
(おいおい)
心中の呟きの理由は幾つかあった。
第一に、入学式当日から騒ぎを起こす気かということ。第二に、そんな理由でイチャモンをつけていたらキリがないだろうということ。
そして一番の理由は……
(ノディオン……って言ったよな、あいつ)
この学校に入学できるような人間が、その言葉の意味を知らないわけがない。アグストリア諸国連合の一翼、ノディオン王国。それを名字に名乗れるということは、将来の王位継承者のはずである。
ここグランベルの――特に貴族階級では、やたら他国を軽視する兆候があると聞いていたが、どうやら本当のことだったようだ。
……さて。ちょうど壇上では、宣誓の言葉を終え、エルトシャンと呼ばれた男が壇を下りていくところだった。
振り向いた時に窺えた顔は、間違いなく美形の一言だった。――お陰で、近くの男たちの『あいつをシメよう計画』は確定事項になってしまったようだが。
男たちの言葉を耳に入れながら、キュアンは顎の辺りを指で軽く掻く。
(うーん、どうするかな)
成り行きとはいえ、事前に話を聞いてしまった。このまま何もしなければ、間違いなく多対一での『シメ』が実行されるだろう。
一方は、どうも血の気の多そうな男たち。そしてもう一方は、年の割に落ち着き払った印象があったが、遠目にはひょろりとして見えた男一人。
(我関せず……が一番いいんだろうけどな)
忠告くらいはしてやるかと思いながら、キュアンは欠伸を噛み殺した。

だが、結局キュアンは、エルトシャンに忠告することは出来なかった。
――その理由が、またやっかいだった。
特に目立った行動をした覚えのなかったキュアン自身が、なぜかいきなり上級生から呼び出しをくらったからである。

「全く……どこにでもいるんだな、こういう奴」
せっかくのおニューの服が台無しだぜと、キュアンはため息をついた。
その足元には、上級生が二人、気を失って倒れている。本当はもう一人いたのだが、戦意を失くして逃げ出したのだ。
そもそも、呼び出しの理由がまた単純だった。レンスターの王子であるキュアンが入学することをどこかで知った上級生たちが、小国の王子と馬鹿にして突っかかってきたのだ。
で、逆に叩きのめされているのでは世話がないのだが。
(ま、一人が棒持っててくれなかったら危なかったかもな)
倒れている二人のうちどちらかが槍使いだったらしく、稽古用らしい木の棒で攻撃してきてくれたのが、ある種の幸運だった。キュアンの得意分野は槍だからだ。棒を奪い取れなければ、はたまた素手での殴り合いだったら、多分負けていただろう。何たって多勢に無勢である。
ともあれ……
「もう遅いかな?」
とは、勿論エルトシャンのこと。忠告してやろうと思った矢先の挑戦状だったため、結局言いそびれてしまっている。時間も結構経っているから、とっくに呼び出されていてもおかしくない。
けれど気がかりは気がかりなので、キュアンはその姿を探してみることにした。
そちらも喧嘩沙汰になっているだろうと予想はついたが、既に一戦やらかしてしまっている身としては、今更もう一戦と言われても特に問題ない。もし自分と同じように孤軍奮闘していたら、加勢してやるつもりでいた。
(もしかしたら、一発で伸されてるかもしれないけどな)
壇上に見たエルトシャンの細面を思い出しながら、そんなことを思った。

が――
キュアンの予想は、それがいいことか悪いことかは分からないが、とにかく裏切られることになる。
彼がエルトシャンを見つけたとき、既に事は終わった後だった。
いや……より正確に言えば、ちょうど終わった時だった。

「あらら……」
累々と横たわる気絶した学生――入学式に見た男たちのみならず、知らない顔も混じっていた――を前にして、キュアンは目を瞬かせた。
その場で立っているのは、二人だけだった。
一人は、きちんと整えられていたはずの金髪をすっかり乱したエルトシャン。そしてもう一人は、真っ青な髪の、名も知らぬ男。
まだ息を荒げている二人は、キュアンの呟きを耳にしてか、同時にこちらを見た。
エルトシャンの眉が、不愉快そうに寄る。
「お前も、こいつらと同類か?」
宣誓の言葉を述べていた声より更に低く聞こえたのは、静かな怒りのためだろう。
彼の視線が油断なくキュアンの片手に向けられているのに気がつき、そしてその視線を追って、キュアン自身もまた自分が木の棒を持ったままなことに気がついて……
慌てて弁明する。
「あぁ、違うよ。俺も別な場所で喧嘩しててさ、これはその名残」
「では、なぜここに来た?」
「あー……」
いまだ警戒色の薄れない金の瞳を前にして、キュアンは仕方なく事の次第を話した。
入学式に、エルトシャンをシメようとした連中の話を聞いたこと。忠告しに出ようと思ったところで自分もまた呼び出しを受けたこと。そして先の喧嘩のこと。
「で、さすがに気になったから探してたんだ」
「じゃあ、俺と同じか」
そう言ったのは、黙って話を聞いていた、青い髪の男。
「そういえば、こいつは?」
説明を求めてエルトシャンを顧みると、エルトシャンは「本人に聞け」と突っぱねるだけ。
肩を竦めたのは、キュアンよりも青髪の男のほうが先だった。
「名はシグルド。シグルド=シアルフィだ」
「シアルフィ……っていうと、グランベル貴族の?」
「まぁな」
「へぇ……」
シアルフィとは、グランベルで数ある貴族の家柄でも特に有名な六公爵のうち一つ、伝説の武器の一つである聖剣ティルフィングを奉じている家系だ。家名を名乗っているということは、エルトシャンと同じく長子であるのだろう。
が、そういうれっきとしたエリートのはずの男――シグルドは、けれど他のグランベル貴族たちとは違って感じられた。少なくとも、見知らぬキュアンに対しても、見下した雰囲気は微塵もない。
「俺も、あいつシメようぜって言ってるのを耳にしたんだ。そこで寝てる奴から」
そう言ってシグルドが指差したのは、キュアンが見た男たちとはまた別な男。どうも別な場所でも同じ思考をした奴がいたらしい。
以降の話は聞かずとも予想がついたので、キュアンは先に言ってやった。
「で、忠告しに来たところで、巻き込まれて一緒に喧嘩してたわけか?」
「ふっ」
再び肩を竦めることで、シグルドはそれを肯定した。
キュアンも頬を緩め、手にしたままの棒をその場で放り投げる。
「俺が来るまでもなかったってことか。しかしまぁ、よくもこの人数相手に引かなかったもんだな。俺が相手にしたよりも人数多いよ」
ひぃふぅみぃと数えながら、感心したように呟くキュアンだったが……
「相手にしたくてしたんじゃない」
どうもお気に召さなかったらしく、エルトシャンの声は冷たかった。
キュアンとシグルドは顔を見合わせ、同時に笑った。

――さて、そうしてひとしきり笑った後。
「一応俺も名乗っとこうか。これから世話になるかもしれないしな」
言いながら、何となくそうなるだろうなという気がしたのは、境遇が似ていたからというわけではない。
ただ、性格も態度も違うこの二人と一緒にいたら面白そうだと思ったから。それだけだった。
簡単に言えば、気に入ったのだ。
「キュアン=レンスターという。よろしくな」
「こちらこそ」
「……ふん」
躊躇いなく答えるシグルドとは対照的に、話はここで終わりとばかりに立ち去ろうとするエルトシャンを見て、残された二人はもう一度笑い合った。
とにもかくにも、これが三人の出会いだった。

あの頃のエルトときたら、今にも増して無口で無愛想でさ。レンスターの人間はどちらかというと明るい奴が多かったから、俺的にはカルチャーショックだったなぁ。
ん? 終わりかって? いや、まだ続くよ。もう一幕あったんだ。
ほら、言っただろ? 俺、上級生の一人を逃がしちまったって。そいつがさ、別な仲間呼んで戻ってきちまったんだよ。で、今度は二人とも巻き込んで乱戦突入。
乱暴すぎる? 仕方ないだろ、向こうから来るんだから。男の事情って奴だよ。
結局、その喧嘩のことはすぐに学校側にバレてさ。俺たち三人は被害者だったはずなのに、もうその場でブラックリスト入りだったみたいで。しばらくは先生の目が痛かったっけなぁ。

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