裏部屋更新文より全文転載。
「変わった構えだな」
群れを成して空を行く鳥の一つに的を絞り、ゆっくりと弦を引く俺に、そう言ったのはレスターだった。
「そうか?」
振り向かずに短く問い返してはみたが、多分その通りなんだと思う。理由は簡単。型から何から、俺のは全て自己流だからだ。本来どうあるべきかなど、トラキア一の弓兵と呼ばれた今ですら知りもしない。そして正直、興味もない。
再び落ちた沈黙の中、俺の視線は鳥の動きを追い続ける。翼を広げ、風を掴み、時に羽ばたいて高度を保つその動きを、何一つ見逃すまいと目を凝らす。
そして。
ヒュッ
放たれた矢が、その鳥の小さな嘴に当たり、鳥達は混乱して隊列を崩した。
軽く目を見開くレスター。
「わざと外したのか?」
「あぁ。無駄に殺すとパティが怒るんでね」
弓を下ろし、肩を竦める。
が、レスターはこちらを見てはいなかった。たちまち鳥の鳴き声が満ちる空をまじまじと見つめ続けている。
冷静なこの男にしては珍しく、口調もどことなく熱っぽい。
「すごいな。僕にはこんなことは出来ない」
「出来る必要なんてないだろ。羽でも心臓でも当たれば問題ないし」
「それはそうだけど」
やっと隊列を元に戻した鳥達がそのまま去っていくのを見届けて、ようやく彼の視線がこちらに戻ってくる。
「さっきの構えにしてもそうだ。射辛くないのか?」
「さぁな? そんなこと考えたこともないよ。今までずっとこれだったから」
「ちょっと試してみたいな。教えてくれないか?」
「やめとけ」
「なぜ?」
即答した俺に、不思議そうな残念そうな、そんな顔をするレスター。
もう一度肩を竦めてみせる。
「俺のほうがおかしいに決まってるからさ。わざわざ邪道に足突っ込むことなんてない。お前の弓と俺の弓は違うんだ」
「どう違うんだ?」
「そうだな……お前の弓は、きっと『騎士』とか、そういう言葉が似合うんだ。道に沿った、正しい姿。ユングヴィの弓騎士として恥ずかしくないようにって、基本から習い覚えてきたんだろ」
ふっと笑ってみせる。
「でも俺は違う。俺にとって、弓はそういう物じゃなかった。生きるための手段でしかなかったんだ。見れたようになろうなんて思ったことなんかない。だから型なんか気にしない。ただ矢が飛んでくれればいい。当たってくれればいい。そういうことだよ」
「…………」
「つくづく、俺って貴族に向かないんだよな」
「そんなことはない。君の技術は、ユングヴィの名に恥じないものだ」
弾かれたようにそう言ったレスターに、俺は無言で笑い返しただけだった。
『ユングヴィの名』――躊躇いなくその言葉を持ち出せる彼こそ、貴族らしいと俺は思う。それがそのまま俺と彼の違いなのだと、彼は気がつかない。それが俺には言えない言葉だと、彼は知らない。
また一匹、はぐれ鳥が空を横切るのを見、俺は再び弓を構えた。
(……俺も、はぐれ者なんだろうな)
狙いを定めながら、ふとそんなことを思った。